今回は、はじめに、「家屋各部乃名称 第一 第十五図」の字句注解の残り、「造作まわり」の用語(下図の○を付けた用語)について。
字句注解では、「読み」のあとに、「日本建築辞彙(新訂)」の解説を転載します([ ]で囲います)。
さらに補注として、別途解説をつけます(その文責は筆者にあります)。
用語を図の下方から順に見てゆきます(横書きの文字は、右から左へ読んでください)。
(トカ) 床框 とこがまち [床前(とこまえ)にある化粧木にして、床板または床畳の端を隠すために用う。
床縁(とこふち)と称する人あり。]
(トハ) 床柱 とこばしら [床脇の化粧柱。・・・]
(ヂブ) 地袋 ぢぶくろ [床脇の棚下にある小さき戸棚。]
(チ) 違(い)棚 ちがいだな [二つの棚板ありて左右段違いなるものなり。]
(ヱビ) 海老束 えびつか [違棚の両棚板の間にある小束。「雛束(ひなづか)」とも名付く。]
注 「蝦」の字を書く場合もあります。語源は不明。
(フデ) 筆返し ふでかえし [違棚または短き袋棚に付したる、湾曲状の縁木。]
注 字の如く、棚上に置いた筆などが落ちるのを防ぐためのもの、の意でしょう。
(フ) 袋戸棚 ふくろとだな [床脇の上方なる小戸棚。]
注 「天袋(てんぶくろ)」と呼ぶこともあります。
(オ) 落し掛 おとしがけ [床の間または書院窓の上方に架したる横木。その上に額または飾を装置することあり。
これ一種の楣(まぐさ)なりとす。]
注 「楣(まぐさ)」:窓、入口などの上なる横木。(「日本建築辞彙(新訂)」
:?のき、ひさし。?はり、門の横ばり、まぐさ。(「字通」)
(ナ) 長押 なげし [柱面へ取付けたる、長き横木をいう。・・・]
(コ) 小壁 こかべ [幅狭き壁。内法長押の上の壁、・・・。]
注 一般に、全面にわたらない壁。
たとえば、柱と窓枠の間の縦方向の壁も小壁。
(マ) 廻り縁 まわりぶち [天井と壁との交る所に、取付けたる長き木。]
注 現在は、回縁と記すのが普通かもしれません。
(カイ) 鴨居 かもい [引戸または引違い障子などの上にある溝付きの横木。
鴨柄(かもえ)ともいう。「かも」は上なる故、上枝の意ならんか。
然るに敷居に因みて鴨居となりたるならんか。]
(シ) 敷居 しきい [引戸、引障子などの通る道に用うる横木にして、下方にあるものなり。
「しきみ」の転訛なりと「言海」にあり。天平宝字六年の古文書には「敷見」と記しあり。]
注 「言海」:明治に編まれた国語辞書。
「日本建築辞彙」の解説
「しきみ」:閾
(一)門柱の間に、横たわれる木をいう。その取り外し得るものを蹴放(けはなし)と称す。
(二)また出入口下の沓摺(くつずり)をもいう。・・・
「字通」による「閾」の語義
閾(音はヨク しきみ)
声符は「或(よく)」。「或」にものを区画し、限定する意がある。・・・
「論語」に「行くに閾を履まず(ふまず)」とあり、閾をふむことは失礼の行為とされた。
「名義抄」:トジキミ・シキミ
「字鏡」:シキヰ・トジキミ・シキミ・ヒラク・イタジキ
注 音をイキとする漢和辞典もあります。
(ツ) 付鴨居 つけかもい [塗壁面(つら)に取付けある化粧鴨居。]
(ムメ) 無目 むめ [「ぬめ」ともいう。敷居、鴨居の如くにして、ただ溝なきものなり。
「ぬめ」は滑なり。それより転じて「むめ」となりたるならん。]
(ヒカ)一筋鴨居 ひとすじかもい 「日本建築辞彙」には解説なし。雨戸用の溝が一筋の鴨居。
(トブ)戸袋 とぶくろ [昼間、雨戸を仕舞い置く所。・・・]
補注
1.「長押」「貫」
「長押」は、現在は化粧:飾りのための細身の材ですが、本来は、架構を維持するための重要な、大きな断面の部材でした。
「長押」は中国の建築にはありません。
奈良時代に、礎石建ての建物を頑丈にするために考案された、と考えられる工法です。
「長押」の発祥の経緯については、下記を
「日本の建物づくりを支えてきた技術−7・・・・礎石建ての問題点・その対応策」
「貫」は、中世:平安末〜鎌倉時代初頭に、建物を頑丈にするため、「長押」に代って、寺院建築でも使われるようになった部材です。
しかし、現在は、建築基準法上、その効用が認められず、「貫」「ヌキ」も薄い小幅の板の名称、あるいは壁の下地材の呼称になってしまっています。
「貫」は、鎌倉時代に「東大寺・大仏殿」の再建に大々的に使われたことから、一般に、「貫」を用いる建て方は
「大仏様(だいぶつよう)」と呼ばれています。
建築史では、これまで、「貫」を使う工法は、東大寺再建にあたり、「宋」の技術者によってもたらされ、大仏様の建物は
「宋」の技術者の指導によりつくられた、とされてきました。
しかし、「大仏様(だいぶつよう)」と呼ばれる建物(「浄土寺・浄土堂」「東大寺・南大門」など)では、
「貫」が非常に使い慣れた形で使われていることから判断して、当時一般では「貫」を用いる方法は、
当たり前に使われていた技術であったにもかかわらず、
形式にこだわる寺院建築では使われてこなかったにすぎない、と考える方が理がかなうのではないか、
と私は考えています(「浄土寺・浄土堂」の場合、係わった地元の棟梁も分っています)。
住居には鎌倉時代の遺構がありませんが、それに続く室町期の建設とされる「箱木家」「古井家」などでも、
「貫」はきわめて効果的に無理なく使われています。
このことからも、ごく当たり前な工法であった、と考えられるのではないでしょうか。
「貫」を使う工法は、簡単に言えば、直線状の木材を組んで、竹ヒゴでつくった鳥篭や虫籠のような立体の頑強な箱をつくる方法です。
その結果、箱の四周のどこにでも、自由に開口をつくれます。これは、多湿の環境にきわめて適したつくりかたでした。しかも、地震でも壊れなかった!
「日本家屋構造」が刊行された頃、「筋かい」を設ける「習慣」はまだありませんでした。
「語彙に見る日本の建物の歴史・・・・『筋交い』の使われ方」参照。
この点については、「号外:再集・日本の建物づくりでは、『壁』は自由な存在だった」にまとめてあります。
因みに、「筋かい」や「耐力壁」のない建物は壊れる、という考え方は、明治以降の考え方です。
2.「内法」寸法、「内法」長押・・・
下記で簡単に触れています。
「建物づくりと寸法−2・・・・内法寸法の意味」
次のページに移ります。
「家屋各部乃名称 第二 第十六図 切妻屋根、方形屋根」 について
第十六図の原版は下のようになっています。
この図を、分りやすくするため、下図のように編集し直し、この図で「名称」について記します。
(甲)切妻屋根 の図
「切妻」屋根 「日本建築辞彙」:隅棟なき屋根をいう。・・
「広辞苑」:棟を界として両方に流れを持つ、書物を半ば開いた形の屋根。真屋(まや)。
補注
「屋根」の原型は、地域によらず、竪穴住居の覆い屋のように、閉じた形を採るのが普通です。
平面が方形でなく、円形に近いことがそれを示しています。
細長い平面の上に架かる屋根も、通常、端部は閉じています。
切妻型の屋根は、閉じた形の屋根を切った形と言ってよいでしょう。
そのような屋根は、時代が経ってからでないと現れない、と考えられます。
「端」のことを「つま」とも呼びます。
「端」を切断する:「切-端」(きり-つま)
そこから、「切-端」の「端」に同音の「妻」の字を当てるようになった、のではないでしょうか。
「軒桁」「小屋梁」「母屋」「棟木」は、「屋根まわり(小屋組)」の項にあります。
「妻梁」つま ばり [建物の側面に見ゆる梁をいう。]
注 「端」の梁の意。
「傍軒」そば のき [切妻屋根に於て「甍(いらか)」より突出し居る屋根の部分。]
注 [「甍」:切妻屋根の下、三角形の部分をいう。シナの「甍」字にはこの意義なし。](日本建築辞彙」)
「甍」:?いらか、むながわら。?むね。・・(「字通」)
補注
現在は、「切妻屋根の下、三角形の部分」を「いらか」と呼ぶことは先ずありません。
「傍」:そば は、「脇」の意。
「軒先」のき さき 補注参照
「軒」のき 「日本建築辞彙」の原本では、[屋根の最下部をいう]
新訂版では
[一般に屋根のうち、建築の主体から突き出した部分をいう。
・・・檐(えん)、簷(えん)、〇(えん)、宇は何れも『のき』なり。・・・
・・・出張りたる全体・・、(および)その最下端部を「軒」と称す。・・・]とあります。
注 〇の字は「木」偏に「閻(えん)」。しかし、「漢和辞典」「字通」にありません。
補注
現在は、「軒」は「飛び出した全体」を、「軒先」とは、軒の先端のことを指します。
なお、建築法規上では、雨樋の先端まで、という解釈もあります。
ここで加えている説明は、《建築法規用語》ではなく、常識的「建築用語」での説明です。
(乙)方形屋根 の図
「方形屋根」 原本では「ほうけい やね」と読んでいますが、現在では「方形=ほうぎょう」と読むのが普通です。
この点について、「日本建築辞彙」昭和版に以下の説明があります。
方形造:ほうぎょう づくり
[ ?四方の隅棟、一箇所に集れる屋根にいう。隅棟の会する所には、露盤その他の飾あり。
これを宝形造とも書く。屋根の伏図は正方形をなす。
?大棟の両端に隅棟集れる屋根にもいう。明治時代の建築家は、多くこの意味に・・用いたり。
又一部の人は、この如き屋根を寄棟造と称し居れり。されば明治大正時代に於て、
方形造、宝形造、寄棟造の意義は人により異なりて、甚だ混乱の状況なりき。]
現在は、図のような屋根は「寄棟(よせむね)造」を言い、
「方形屋根」は「ほうぎょう」と読み、説明?の形の屋根のことを言います。
このように、「(用)語」の意は、いわば「任意に」変動するのが常です。
「広小舞」「鼻隠し」「母屋」「棟木」は、「屋根まわり(小屋組)」の項にあります。
(ス)桷木 すみぎ 普通は「隅木」と記します。以下は「日本建築辞彙」の解説
隅木 すみぎ [「角木」「桷木」とも書く。隅棟下にある木にして、垂木の端を受くるものなり。・・]
(ト)飛梁 とびはり [小屋束下に小屋梁なき場合に、これを承けしむるため、軒桁より小屋梁に梁を架す。
これを飛梁という。]
(ハ)配付棰 はいつき たるき [隅木の横面(よこつら)へ取付く垂木。]
注 「棰」は「垂木」を意味する国字(和製漢字)
配付ける [木を他の木の横面へ斜に取付けること。・・「矧付る(はぎつける)」の転訛ならんか。]
補注
木造建築の屋根の形状には、「切妻」「寄棟(方形)」のほかに「入母屋(いりもや)」があります。
「入母屋」の謂れについては、下記をご覧ください。「片流れ」は切妻の一と考えてください。
「日本の建築技術の展開−2」
この内、「寄棟」「入母屋」では、隅の部分の稜線を形づくるために「隅木」を設け、
「隅」の屋根型をつくる「垂木」を架けます。
垂木の架け方には、
放射状に架ける「扇垂木(おうぎ たるき)」、
垂木を平行にかける「平行垂木」あるいは「平垂木(ひら たるき)」があります。
「切妻」屋根では、「平行垂木(平垂木)」になります。
「寄棟」「入母屋」の場合には、全部を「平行垂木(平垂木)」にする場合と、
隅だけ「扇垂木」にする場合(「隅扇(すみ おうぎ)」と呼びます)、
全面を「扇垂木」にする場合とがあります。
全部を「平行垂木(平垂木)」にする場合、
隅部では、垂木の上方側は「隅木」に取付きます。
この部分の垂木を、特に「配付垂木」と呼んでいます。
図の方形屋根の部分だけ、取り出したのが下図です。
「配付垂木」の内、無塗色の垂木、黄色に塗った垂木と、
赤色を塗った垂木とは、その取付け方が異なります。
無塗色、黄色の垂木は、母屋〜軒桁、隅木〜軒桁に架かっていますが、
赤色の垂木は、上端は隅木に取付いていますが、下端は軒桁より飛び出しています。
赤色の垂木の下端は、受ける材がないため、広小舞にぶら下がっているのです。
つまり、この個所の垂木は、屋根を支える役を担ってはいないのです。
そして、軒の出が深ければ深いほど、赤色の垂木の数も増えてきます。
「平行垂木」「扇垂木」について、
「近藤 豊 著 古建築の細部意匠」(大河出版 1972年刊)に、明解な解説がありますので、
図とともに転載させていただきます。
「・・・平行垂木はもっとも一般的であり、一般庶民住宅から最高級建築に至るまで広く使われ、
時間的にも最古から現代に及ぶものである。
扇垂木はこれも原始住宅からすでに見られ、また農家の草葺屋根の垂木竹や
四阿(あずまや)の垂木などにも使われるが、
宗教建築では四天王寺で最古の例が見出され(隅扇)、
また鎌倉以後大仏様(だいぶつよう)・禅宗様にしたがって現れた様式である。
・・・・近世の扇垂木は中心から全部放射状に出すが、
鎌倉頃のものには中央数本が真の平行垂木でその外側から扇となるものがある。
中国・韓国建築などはみな隅扇であるのを考えてもこの方が古く、
完全な扇垂木は日本の発明かもしれない。・・・・」
注 「近藤 豊 著 古建築の細部意匠」(大河出版 1972年初版)は、
著者は「建築史学者」ではなく、「市井の研究者」です。
その内容について、きわめて評価の高い書物です。
現在も手に入ります。
次回は「尺杖(しゃく づえ)」=「現場用のスケール:基準の物差し」の項から。