「日本の木造建築工法の展開」
PDF「付録1 日本の木造軸組工法の継手・仕口」 A4版8頁 (PCの方は、左上の「開く」をクリックし、さらに「Word Onlineで開く」をクリックしてください。)
付録1 日本の木造軸組工法の継手・仕口 若い方がたのために
継手・仕口の基本原理
継手・仕口の定義 文化財建造物伝統技法集成(文化財建造物保存技術協会刊 )より転載
継手とは、一材の長さを増す(材軸方向に継ぐ)ための工法、叉はその部分をいう。木材の長さには限界があり、また必要とする材長の用材があったとしても、運材の難易度や経済性から適宜な長さの材を求めて、これを継ぎ合わせた方が有利な場合がある。規格化された市場品が容易に手に入りやすくなればなおさらである。
仕口とは、二材以上の材を片方または相互に工作を施して組み合わせる工法、叉はその部分をいう。仕口は日本建築の特徴の一つで*、これによって複雑な部材の構成が可能になる。
釘や金物によって強制的に結合する方法と異なり木材を巧みに組み合わせるので、外力に対して見かけよりも遥かに建物全体の耐力が大きい。 二材以上の材が組み合わさった状態、叉はその部分を組手(くみて)、一材に他材が差さる状態、叉は部分を差口(さしくち)と言う。 * たしかに日本建築の特徴ではあるが、ヨーロッパにも同様の接合法がある。
継手の条件 接合箇所が、引いても、押しても、曲げても、捻っても、長期にわたりはずれず、一方にかかった力を、できるかぎり相手の材に伝えられること。力の伝達の程度は、継手により異なる。
継手の位置 通常、継手は横材において、材の延長のために設けるが、継手の位置は、次の場合がある。 ① 横材を支持する材(柱あるいは受材)の上で継ぐ ② 横材を支持する材(柱あるいは受材)から持ち出した位置で継ぐ(持ち出し継ぎ)
一般に、継手位置では力の伝達は途切れると見なしてよく、したがって、継手位置が支点になると考えられる。それゆえ、持ち出し継ぎは、大きな力が伝わる材(ex 梁や桁)には不適である。持ち出し継ぎで大きな力を伝えられる継手は、きわめて限られる。
註 横材の継手位置について 荷重によって材に生じる曲げモーメントは、下図のように材の架け方(支持方法)によって異なる。
材断面同一、各支点間の距離同一とした場合、等分布荷重による最大曲げモーメントは、次の関係にあると見なすことができる。 m1>m2>m3≧m4≒m5 ∴材の必要断面も A>B>C≒C′になる。
持ち出し継ぎの場合は、通常、継手位置が支点になるので、垂直の荷重に対してだけならば継がれる材の長さが短くなり、材寸は小さくて済む。実際、日本建築学会編の教科書「構造用教材」には、そのような図が示されている。
しかし、横材:梁・桁は、単に荷重を受けるだけではなく、受けた荷重による力を柱へ伝える役割を持つ必要があり、持ち出し継ぎでは、継手位置で力の伝達が途切れ柱に伝わらない。 それゆえ、古代~近世では、梁・桁の継手は支持材(柱や受材)位置に設けるのが普通である。 中世以降、化粧材を持ち出し位置で継ぐことが増えるが、構造に係わる材の例は少ない。たとえば追掛大栓継ぎは、化粧材を持ち出し位置で継ぐ場合に、継手箇所での材の不陸や暴れを避けるために用いられる例はあるが、構造に係わる材に用いる例はない(次頁以降参照)。 追掛大栓継ぎを構造材に用いるようになるのは、近代~現代になってからのようである。
以下に、中世に使われた継手の諸例を、文化財建造物伝統技法集成(文化財建造物保存技術協会刊 )の中から抜粋して紹介する。
継手の種類・概要
継手の原理 ① 互いの材の全体を、上下または左右対称に、鉤型に加工して互いを引っ掛ける。一般に相欠きと呼ぶ。布継ぎ、略鎌、追掛大栓継ぎ、金輪継ぎなど(赤字の継手は、継いでも一材同様になる)
② 材の端部を凹凸に逆対称に加工して、片方を他方に落し込む。 蟻継ぎ、鎌継ぎ、シャチ継ぎなど
この二つの継手は、継いでも一材と同じ強さを保てる
継手に付け加えられる端部加工
通常、上下左右の動き、捩れ、はずれなどの防止のために、基本形に端部加工を追加する。
仕口の条件:接合箇所が、引いても、押しても、曲げても、捻っても、長期にわたりはずれず、一方にかかった力を、できるかぎり相手の材に伝えられること。
仕口の種類:仕口の基本形は、蟻掛け、枘差し。
仕口に付け加えられる端部加工:通常、上下左右の動き、捩れ、はずれなどの防止のために、基本形に端部加工を追加する。
蟻掛けに付け加える加工
註 胴突は胴附(付)と書くのが正しいという。英語ではshoulder:肩
枘差しに付け加える加工
継手・仕口の加工(刻み(きざみ))
継手・仕口の加工のことを、刻みと呼んでいる。 継手・仕口は、木材の弾力性・復元性、材相互の摩擦を利用するため、相応の加工精度が必要。 現在は、加工機械で大体の継手・仕口が加工できる(追掛け大栓継ぎ、金輪継ぎも可能になった)。
一般に、継手・仕口を刻める職人がいなくなった、あるいは、継手・仕口の加工に手間がかかるから、継手・仕口を使った建物はつくれない、と言われているが、事実ではない。刻める職人は各地に居り、また各種加工機械の出現で従前のようには手間もかからなくなっている。 継手・仕口による建物が少なくなった理由として、①設計者が、継手・仕口の存在と継手・仕口の原理を忘れてしまったこと、②手間の省略を、工程、工期、工費の《合理化》と見なす傾向があること、が挙げられる。
継手・仕口の下木(したっき)、上木(うわっき)
継手・仕口は、先に据える材(受ける材)と後から据える材(載せ架ける材)とで構成される。 現場で先に据える材(受ける材)を下木、後から据える材(載せ架ける材)を上木と呼ぶ。 上木、下木は、現場でどこから組立てを始めるかによって決める(⇒番付)。
継手・仕口の呼称
追掛け大栓継ぎ、金輪継ぎなどを除き、継手・仕口の呼称は、以下のように付けられている。
a)形状による名称 蟻 鎌 腰掛け 枘差し 栓 楔(くさび) 目違い など
b)形状に作業の内容を付ける 大入れにする 胴附を設ける 割楔(わりくさび)で締める 込み栓を打つ シャチ栓を打つ(差す) 蟻落とし 寄せ蟻 蟻掛け など
c)部位の名称に形容詞を付ける 長(なが)ほぞ 短(たん)ほぞ 小根(こね)ほぞ 平(ひら)ほぞ (または横ほぞ) など
d)a)b)c)を組み合わせる 腰掛け 鎌継ぎ←鎌継ぎ+腰掛け 腰掛け鎌継ぎ 目違い付き←腰掛け鎌継ぎ+目違い 小根枘差し 割楔(わりくさび)締め←小根枘差し+割楔締め 小根枘差し割楔締め 目違い付き←小根枘差し割楔締め+目違い
蟻を用いて継ぐときは蟻継ぎ、蟻を用いて他材に載せ架けるときは蟻掛けのように呼ぶ。 継手・仕口の呼称は、地域、大工職により異なる(茨城では蟻落としを下げ蟻と呼ぶことがある、など)。 設計図には、呼称だけではなく、簡単な図を示すと混乱が起きない。
参考 日本家屋構造所載の継手・仕口解説図
日本家屋構造は、高等工業専門学校向けの教科書。 継手・仕口の諸相が解説され、若干その効能について触れてはいるが、どのような場合に使うかの説明は少ない。 ただ、次頁のような手の込んだ方法についての解説はかなり詳しく書かれている。 高木家の差鴨居に同様の差口があるので、江戸後期頃から増え始めたのではないかと考えられる。
鴻の巣(こうのす) 「・・・右図の如く、横差物を大入れに仕付け、その深さは柱直径の八分の一ぐらいにして、(い)(い)の如く柱の枘穴左右の一部分を図の如くのこし他を掘り取り差し合す。 この如くなしたるものを鴻の巣(こうのす)といふ。
また鴻の巣をその差物の成(せい)(丈)の全部を通して入れることもあり。これ全く柱の力を弱めざるのみならず、その差物の曲(くるひ)を止め、かつ(ろ)の穴底に柱を接せしめ枘を堅固ならしむるなり。 本図は二階梁の三方差にして斯くの如き仕口にありては、一方桁行はシャチ継ぎとなし、梁間の方を小根枘差とす。(は)の込み栓を(に)の穴中より差し、かつ(ほ)の切欠きに(へ)の下端を通して梁の脱出(ぬけいで)するを防ぐものとす。」 註 鴻の巣は、香の図の訛り。 香の図 香合せの点取り表の形(下図は一例) 刻みの形がこの形に似ていることからの名前
「世界大百科事典 10」平凡社
参考 ヨーロッパの木造建築(軸組工法)の継手・仕口
人が現場で考えることは同じ。それゆえ異なる地域で同じ方法、似た方法が考案される。 技術の習得は現場で行われるもの。机上で考える際も、常に現場を念頭に置くことが必要。 机上だけでの考えが現場の考えを差配するようになったとき、技術は衰退する。
△ スイスの継手・仕口例 Fachwerk in der Schweiz より △ ドイツの継手・仕口例 Handverkliche Holzverbindungen der Zimmerer より