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今回は、
5.Construction and roofs : late 13th and early 14th centuries の紹介です。
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5.Construction and roofs : late 13th and early 14th centuries 13世紀後期~14世紀初頭の工法と屋根
ケント地域に現存する中世最古の住居の構築法についての論議は、僅かに遺されているきわめて断片的な諸特徴を基に進めるしかない。
初期の石造家屋にはかなりの数の部分が遺っているが、その屋根の多くは完全に造り替えられているいる場合が多く、当初の形状が遺されている事例は皆無に等しい。また、木造家屋の場合では、前章で触れた端部の全面的造り替えの他に、壁が堅い材料で造り替えられたり、内部に用いられる木材が、部屋を大きくあるいは高く改造するために取り替えられている事例も多い。それゆえ、13世紀から14世紀中期にかけての工法を考えるための資料は、完全な姿が健在の小さな事例とそれ以外の事例の断片的部分しかないのである。それゆえ、形成期の工法発展の様態を考察・推察するにあたっては、このような場合によく起きがちなのだが、これらの少ない資料を必要以上に重視しすぎないように心しなければならないのである。
中世の初期の工法を形体の上で単純に図式化してまとめることはできない。あえて言えば、14世紀中期以前の工法は、編年的に粗く整理すると、特徴から四つに分けられる。第一は、「古風な」工法による木造建築で、そこでは、交叉する斜材や後の時代には取り替えられた部材を用い、継手・仕口も旧い形式で、いかなる垂直方向を支える部材(註 束柱の類か?)も使われていない。第二は、第一のグループとそれほど大きくは違わない工法で、主に石造建築に見られるが、屋根を承ける垂直部材がなく、簡単な scissor braces や、collar (beam) (小屋組の中段に設ける部材、母屋の類を言うようである)、時に crown struts (棟束の類か:後掲 fig41 参照)が使われる。これらの事例は比較的よく記録に遺されているが、第一のグループと次の第三のグループとの時代的な関係は議論の余地がある。第三のグループは、木造、石造両様在る。このグループの主な特徴は、小屋組を承けるための垂直部材を用いる点にある。よく使われるのは、collar purlin (母屋)で、crown post や king strut の支持の役割を持つと同時に、当初の小屋組の横方向の強度を高めるにも効いているが、使われている木材や細部は初期様相を思わせる形状をしている。また、木造部を有する場合、多くは aisle 形式の架構で造られている。第四のグループは、必ずしも第三のグループと簡単に区別できるわけではないが、それは、base crucks など独立の arcade post (上屋柱に相当する柱列の意と解します)を取り去ることのできる工法( aisle 形式ではない、という意と解します)で造られた建物群である。
ここで触れた各種架構法は、14世紀ちゅき以前にすべてケント地域に出現しているが、同じ時期にいくつものタイプが同時に存在している場合もあるので、それらを正確に編年・整理することは容易なことではない。また、壁を石造にするか、木造にするかが屋根の形状に大きく影響していることも否めず、そういった材料の選択には、建て主の財産や社会的な地位の様態がおそらく関わっているものと考えられ、状況の解釈は簡単なことではない。
Early wall construction and interrupted sills 初期の壁の構築法と「土台」の利用
註 interrupted sills :直訳すれば、中途を横断する「台」(窓台、敷居の類)の意になりますが、図から、日本の「土台」に相当する材と解しました。
日本でも、古代は、柱は直接「地面」に立つものとされ、「土台」が現れるのは、中・近世の城郭建築からと言われています。
多分イギリス(西欧)でも同様で、それがinterrupted という表現になるのではないかと思います。後掲の fig36 の解説を参照ください。
なお、日本の「土台」の造りかたについては、下記に詳しく説明してあります。
「補足・『日本家屋構造-1』」
ケント地域の遺構の発掘から、13世紀後半以降の木造架構の建物の「壁」は、石造の壁体の上に設けられ、 aisle や arcade の柱も padstone (「礎石」の意と解します)上に置かれていることが分っている。
註 padstone :直訳すれば「枕石」「詰石」の意になりますが、「石材の承け台」:「礎石」の意と解しました。
ただ、かなり旧いあるいは原初的と考えられる遺構事例でも、 HERTFORDSHIRE(大ロンドンの北に隣接する) や EAST ANGLIA (イングランド東部)で見付かるような earth-fast post :掘立柱は見付かっていない。数は少ないが、基底部まで現存する独立の arcade post :上屋柱が見付かっているが、その多くは、後世に足元が切られ、石材など堅い材料が積まれ、padstoneあるいは stylobate の存在が発掘でも明らかになっている。このような上屋柱の建て方は、14世紀初期建設の NURSTEAD COURT などでも使われている。
註 stylobate :辞書には、柱列(特にギリシャ建築の)の礎石の最上段を言う、とあり。
この段落は、「礎石建て」(「石場建て」)の発生経緯についての解説と思われる。何故か、木部の腐朽についての説明がない。
初期の木造建築は、ほとんどがその外部に面する壁が建て替えられているが、多くの場合、木材の sill beam (先の interrupted sills :「土台」と同義と解します)が石を積んだ低い壁の上に置かれている。しかし、時には、柱は sill を横切り礎石に達している場合があり、sill は柱の両側面に枘差で取付いている。
註 この仕様は、日本の「隅柱」と「土台」の仕口に相当すると思われます。下掲 fig36 の隅の柱参照。
LEIGH の MOAT FARM 、KENT PLUCKLEY の PIVINGTON 、そして SUSSEX SALEHURST の PARK FARM の3遺構の発掘により、13世紀後期~14世紀前半にはこの工法が存在していたことが明らかになった。そして、これらより多少遅れるが、1380年代に建てられたと思われる事例が、TEYNHAM の LOWER NEWLANDS に現存する( fig36 下図)。
この事例では、主な軸組の柱以外は sill beam :土台より下に伸びている。同様な収まりは、fig10 (下に再掲)の14世紀初期の数少ない遺構 CHILHAM の HURST FARM でも見ることができる。この事例では、主な二つの軸組の柱は、高い位置の sill beam :土台に据えられていて、出入口の枠材を兼ねている柱と隅柱は、地上面に置かれている低い方の sill beam :土台まで伸びている。また、高い位置のsill beam は、柱(枠材を兼ねる)の側面に枘差で取付いている。
この手法は、早くから、イングランド北部ではごく普通の工法であったが、14世紀末になると、南東部にも、広く普及したようである。
Timber-framed aisled halls and passing braces
現存する遺構から、初期の事例のうち1~2事例は、13世紀中期に生まれているのではないかと推察されるが、大部分は世紀後半の建設と見た方がよいだろう。正確な年代判定は至難の技であり、現在のところ、確とした建設年代が分っているのは、年輪測定法で1294~95年頃と判定された EASTRY COURT の事例だけである。実際のところ、ケント地域には、初期の工法による建物は現存していない、と言ってよいのである。たしかに古式の braces :斜材を用いた建物、各種の枘差仕口を用いている事例も散見されるが、古式の典型の重ね継( lapping jointing )を用いた事例はきわめて少なく、CANTERBURY の GOGAN HOUSE ぐらいしかない。ここでは、1238年以前の構築と考えられる aisle 形式の小屋組の brace :斜材を「重ね」部で相互を段状に刻んで交叉させている。また、BORDEN の THE PLESTOR や EAST FARLEIGH の 6 ADELAIDE COTTAGE などでは、 brace の交叉部の重ねの痕跡を遺す古材が使われている。fig37 はその古材使用例である。
passing brace は、fig8 のEASTRY COURT や fig38a の EASTLING MANOR や SATTON VALENCE の BARDINGLEY FARMHOUSE 、fig38b の TONGE の NEWBURY FARMHOUSE に使われていて、いずれも上部では重ねで交叉させ、斜材の下部は柱に枘差となっている。
おそらく最初の2事例が最も旧いと考えられるが、そこでは、 brace :斜材自体が直ではなく先細に加工されており( fig8 が分りやすい)、頂部では collar :繋ぎ梁と brace :斜材は重なり、端部は 垂木に一本の釘で取付いている。いずれの場合も、斜材はarcade post :上屋柱で途切れ、必要に応じて、側廊部には別の brace :斜材が加えられる。
これらの事例に使われている木材は、ほぼ正方形断面の直材である。しかし、NEWBURY FARMHOUSE は少し異なり、交叉する brace の下側には湾曲し化粧彫りのあるアーチ形の方杖があり、軒先部は、ashlar piece :束柱で支えられていて、その三角形の側面には当初は板が張られていたらしい( fig39 a 部を参照)。
註 ashlar piece: Short post from a tie beam to a rafter near a masonry wall.
fig38 aは、tie beam からではない。
short post :束柱(短い柱)。「束」は「束の間」の「束」。
このような三角形状にするのは、合掌材:垂木にかかる荷重を、先端の一点ではなく、分散させて壁体に伝えるための(現場の)工夫でしょう。
三角部に板を張るのもそのためです。これは、「構造力学」誕生以前の智慧です。
この建物は、他の事例に比べると、全体に洗練されていて手の込んだつくりになっている。その横断面図は、HERTFORDSHIRE IPPOLITTS の ALMSHOE BURY (礎石に施されている dog-tooth の装飾から、13世紀中期の建設と比定)に似ている。しかし、dog-toothは、最近の SUSSEX の WARBLETON OLD RECTORY の調査では、1294~95年頃のものと比定されているから、(NEWBURY FARMHOUSE)は13世紀のかなり遅い時期の建設と考えた方がよいのではないだろうか。
註 dog-tooth :イギリスの初期ゴシック建築の「犬歯飾り」。適切な参考図を探索中ですが未発掘。
実際、ケント地域では、枘差仕口の使用状況や、年輪測定法で1294~95年頃の建設と判定されたEASTRY COURTの存在から、 aisled hall が、当初はこの地域の一般的なつくりではなかったことを示していると見てよいだろう。CANTERBURY の GOGAN HOUSE の他には、LIMPERFIELD の OLD COURT COTTAGE に比べることのできる構造・つくりをもつ aisled 形式の木造家屋は見付かっていない。OLD COURT COTTAGE は、SUSSEX との境に近くに在り、13世紀中期の遺構と比定されている。
初期の遺構の建設時期の比定が後にずれ込む傾向に対して異論が出るのはおかしくない。と言うのも、次の形態の木造架構が現れるのは世紀の替り目頃かそれよりも遅れるのだが、その間のギャップは、あまりにも大きいからである。このあたりを正確に跡付けるには、初期の遺構の建設時期を(いろいろな方策で)探究するしかないだろう。
この項終り
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次回は、Early roof construction in stone-walled buildingsの項を紹介の予定です。
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この項の筆者の読後の感想
先回の「感想」でも触れましたが、あらためて、日本の木造技術・工法の「自由度」の高さに気付きます。
どういうわけか、イギリスでは The Last of the Great Aisled Barns -7 に紹介した base cruck のような 「合掌」形式に強い「拘り」が在るようです。
なお、この 「The Last of the Great Aisled Barns 」の紹介では、 aisle 形式の諸相を紹介していますので、折りを見てご覧ください(下記)。
The Last of the Great Aisled Barns -1
The Last of the Great Aisled Barns -2
The Last of the Great Aisled Barns -3
The Last of the Great Aisled Barns -4
The Last of the Great Aisled Barns -5
The Last of the Great Aisled Barns -6
The Last of the Great Aisled Barns -8:最終回