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今回の章は、普通の家屋の各部の標準的な仕様・部材寸法、あるいはその決め方(木割法)をを具体的な数字で示している章です。
部材寸法については、現在の「教科書」はもちろん木造建築についての「解説書」の類でも、まったく具体的に示されていない、と言ってよいでしょう。
それゆえ、初心者は、部材の寸法決めに際し、大いに悩むことになります。
私の場合、やむを得ず、これは、と思う諸事例の図面を参考にして決めていました。部材寸法のおおよそが身につくまで、つまり、自分で決められるようになるまで、10年近くかかったように思います。
ここに紹介されている部材寸法や決め方(木割法)は、長年、多くの大工諸氏が現場で習得し、継承してきた「経験値」と考えてよいでしょう。
現在のように、時の政府や《有識者》《学者・研究者》が(恣意的に、勝手に)決めたものではない、ということです。
つまり、強度的にも見栄えの点でも、妥当であり問題ない、と現場の実践で裏付けられてきた部材寸法であり決め方、なのです。
それゆえ、この数値、決め方は、ほとんどが現在でも通用するはずです。その意味で、貴重な資料・データと言えます。
なぜ現在の教科書や解説書では、部材寸法について具体的に示さないのでしょうか?
おそらく、「構造計算」という「概念」が建築界で「優位な位置」を占めるようになったからだ、と私は思っています。
以前にも書いた気がしますが、「構造工学」を学ぶ学生に、部材の断面はどのようにして決める?と訊ねると、大方は構造計算で決めると答えます。
実際は、「先ず断面を『仮定』し」、「構造計算」は、その仮定した断面が問題ないかどうか、確認するために行うに過ぎない、と言うと怪訝な顔をします。
構造計算で自動的に断面が決まる、と考えているらしいのです。学生以外でも、そのように考える方が多いのではないでしょうか。
そこで問題は、断面をどうやって仮定するか、ということになります。「仮定」がなければ、「計算」もできないからです。
しかし、教科書には「仮定」の決め方は触れられていないのです。
通常「仮定」は、どうやって決めているか?その「拠り所」は、「経験」によってそれぞれが築いた「直観」以外にありません。
しかし、「経験」に基づく「直観」などというのは、工学系の研究者・学者諸氏が最も嫌う「概念」です。
だから、「仮定断面」の決め方について、触れることができないのです。それゆえ、現在の教科書には、部材寸法について、具体的記述がない。
私は、このように考えています。
前置きが長くなりました。本論に入ります。
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はじめに、「四 普通住家略木割」の原文を転載します。
以下、註を加えながら現代風に読み下します。ただ、長くなりそうですので、今回は「各部木割」までとし、「縁側及化粧之部」「間内之部」「外廻り下見張り之部」は次回といたします。
建物の高さによって柱の直径を定める方法
柱径が、木割の基本。それゆえに、先ず柱径を定めなければなりません。
柱径は、建物の高さ、すなわち柱の長さに応じて決まる、というのが、この書の考え方です。現在でも通用すると考えてよいでしょう。
柱の長さ 柱の大きさ
9尺(≒2.7m) 3寸4分(≒103?)角
10尺(≒3.0m) 3寸6分(≒109?)角
11尺(≒3.3m) 3寸8分(≒115?)角
12尺(≒3.6m) 4寸 (≒121?)角
13尺(≒3.9m) 4寸2分(≒127?)角
14尺(≒4.2m) 4寸4分(≒133?)角
15尺(≒4.5m) 4寸6分(≒139?)角
16尺(≒4.8m) 4寸8分(≒145?)角
17尺(≒5.1m) 5寸 (≒151?)角
縁側や便所などの柱の径は、本屋の柱径(A)より、その十分の一減らすか(∴0.9A)または十分の一・五減らす(∴0.85A)。
部屋内の釣束(つり づか:吊束)の径は、本柱の径(A)の十分の八(∴0.8A)とする。
ここに記した部材寸法、木割は、市場で販売されている(市販の)木材を標準として定めている。
すなわち、「押大四角(おし だい しかく)」を3寸4分または三寸6分角に、五寸角を3寸8分または4寸角に削り仕上げるものとする。
註 聞き慣れない用語があるかと思いますので、以下に、「日本建築辞彙」新訂版より用語の解説を転載します。
「押(おし)」:「押角(おし がく、おし かく)」の略。
「押角」:七寸角より小なる木材を押角という。
「大四角」:「押四寸五分角」をいう。
七寸角以上を「大角(おお がく)」とし、それ以下を「押角」となすことあれども、また所によりては、
九寸より「大角」となし、九寸未満を「中角」となし、五寸未満を「小角(こ かく)と称することあり。
なぜ七寸角以下の材の呼び名に「押」と言う字を付すのか、その訳・謂れが分りません。
市販の4寸5分角は、正4寸5分ではなく、曳割り前の寸法:墨掛け寸法で、実寸は4寸強程度ではないかと思います。
そうであると仮定すれば、4〜6分削ることで、3寸6分〜3寸4分に仕上がります。
近世の建物の柱には仕上がり4寸2分程度が多く見られます。おそらく市販の五寸角:実寸4寸8分程度:を削り仕上げるからではないでしょうか。
現在、市販四寸角をプレーナーで仕上げると、3寸8分程度に上がります。
以上は私の推測です。間違っているかもしれません。
「日本家屋構造」の紹介−2で、製材法の解説の部分を転載してありますが、墨掛け寸法と実寸の差の詳細(鋸の厚さ?)、あるいは「押角」の意などに
ついては説明がありません。
「押」の意を含め、当時(あるいは近世)の製材法や市販木材について詳しい方、ご教示いただければ幸いです。
各部の部材の木割
土台の大きさは、「柱一本一分」の角とする。一分とは、柱径の十分の一の意。
つまり、柱径をAとすると、土台は1.1A角とする。
足固(足堅:あし がため):成(せい:高さ)柱一本四分×幅 一本一分、すなわち1.4A×1.1A。
大引:柱一本三分×一本一分、すなわち1.3A×1.1A。ただし、松丸太の場合は、二間のとき末口6寸。
根太:成2寸5分×幅2寸。普通は市販の「二寸角」
註 二寸角:八寸角十六割にして、実寸は一寸七分角程なり。長さは一間、一間半及び二間の三種あり。(「日本建築辞彙」新訂版)
貫:下等の家屋では中貫(ちゅうぬき)、すなわち幅3寸2〜3分×厚5〜6分、中等家屋では、大貫(おおぬき)、すなわち幅3寸6〜7分×厚7〜8分。
註 大貫:杉大貫は、長さ二間、幅四寸、厚さ一寸の墨掛なり。実寸は幅三寸九分、厚さ八、九分程なり。・・・
中貫:杉中貫は、長さ二間、幅三寸五分、厚さ八分とす。尤もこれは墨掛寸法なる故、実寸は幅三寸二、三分、厚さ六分〜六分五厘程なり。
以上「日本建築辞彙」新訂版の解説より
床板:下等家屋では六分板(正3〜4分位、註参照)、上等家屋では一寸板(正7〜8分位、註参照)。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
六分板:墨掛厚六分なる板をいう。実寸は四分五厘程(≒13.6mm)にして、幅一尺以内、長さ一間なり。
一寸板:墨掛のとき厚さを一寸宛となす故この名あり。されど実寸は八分五厘(≒25.8mm)内外なり。
松一寸板は、長さ一間、一見半、及び二間の三種、
檜一寸板は、長さ一間、
杉一寸板は長さ二間にして東京にては普通これを板割(いた わり)と名く(なづく)。一寸板の幅は七寸〜一尺程。
板割:・・・東京近傍にては、単に板割といえば杉一寸板のことなり。・・
間柱(ま ばしら):普通は松六本三寸(ろっぽん さんずん)(括弧内は「正1寸4〜5分×1寸2〜3分ほど」の意と解す)または市販の二寸角(正1寸7〜8分×1寸4〜5分)を用いる。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
間柱(ま ばしら):大柱の間に、一尺五寸間内外に建てたる小柱にして、「下見(したみ)」」「木摺(き ずり)」などを取付けるためのものなり。
大きさは松「大三寸(おお さんずん)」ないし「五寸角二つ割」程なりとす。
なお、頭注に次のようにある。
「大三寸」は「六本三寸」に同じ。「大三寸」と「五寸角二つ割」とでは、大きさが異なる。前者は伝統的な、後者は木造洋館の間柱であろうか。
前者は間半(ま はん)(三尺のこと)に壁貫に添え付けて立てられ、 塗壁の補強、押縁下見の下地の用をなし、
後者は木摺や下見板張の下地に使われた。
六本三寸(ろっぽん さんずん):松七寸角十六割にして、長さ九尺及び二間の二種あり、実寸は一寸五分×一寸二分なり。
「大三寸」、「松一寸七分角」、「五分八」などの別名ありて、安普請の根太、垂木などに用うるものなり。
二寸角:前掲根太の項の註参照。
「六本三寸」の呼称の謂れが分りません。ご存知の方、ご教示いただければ幸いです。
また、七寸角を縦横それぞれ四つに割ると(墨掛十六割)、計算上、1寸7分5厘角になります。
それが実寸1.5寸×1.2寸になるのはなぜか(なぜ縦横同じ寸法にならないのか)、この点もご教示いただければ幸いです。
塗込貫(ぬりこみ ぬき):普通の三寸貫または中貫の背付(せつき)にて図の如く(原文中の小図)左右の厚さを三分位、中央部を五分位の山形に削り用いる。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
三寸貫(さんずん ぬき):長さ二間、幅三寸、厚さ七分の杉材をいう。その実寸は幅一寸六分〜二寸二分、厚さ三分五厘〜五分なり。
墨掛寸法3寸が、実寸1寸6分〜2寸2分にまで狭くなる理由が分りません。どなたかご教示を!
背付(せ つき):丸身(まるみ)付
塗込貫(ぬりこみ ぬき):小舞竹を取付けるための貫にて、勿論塗隠(ぬりかくし)となるものなり。
「壁下地、間渡竹切込み、塗込貫、杉中貫取付け、小舞掻付け(かきつけ)」など。
軒桁:柱間六尺の時は、成一本二〜三分×幅一本一分(柱径をAとして、1.2〜1.3A×1.1A)
二間以上持ち放しの時は、成九寸以上×幅六寸以上。
小屋梁(こや ばり):長さ二間の時、松丸太末口七寸以上
長さ三間の時、松丸太末口九寸以上
飛梁(とび ばり):長さ六尺の時、末口四寸五分
長さ九尺〜二間の時、末口六寸
註 長さとは梁間:支点間の距離:の意と解します。
小屋束:梁間二間又は三間の時、三寸五分角あるいは四寸角
棟木、母屋:四寸角又は四寸五分角
野隅木、谷木:四寸角
野垂木:普通は二寸角(丸身なし)
註 二寸角:松二寸角は、八寸角十六割にして、実寸は一寸七分角程なり。長さは一間、一間半及び二間の三種あり。(「日本建築辞彙」新訂版)
広小舞:幅四寸以上五寸×厚一寸以上一寸五分
鼻隠し:幅三寸五分以上四寸×厚八分以上一寸
軒先裏板:六分板
註 六分板については、床板の項の註参照
瓦桟(かわら ざん):普通は並小割(なみこわり)正八分×一寸
註 並小割(なみこわり):杉の四寸角十二割または五寸角二十割なる細き木にして、長さは二間なり。
実寸は幅一寸、厚さ九分ほどのものなり。(「日本建築辞彙」新訂版)
野地(板):三寸貫を小間返しに打つものとする。
註 三寸貫については、塗込貫の項の註参照。
土居葺(どいぶき):杮板(こけらいた)正寸もの(長さ八寸、厚五厘)を葺足一寸五分で葺く。
註 土居葺(どいぶき):屋根瓦下なる薄板葺をいう。その板は厚薄により等差あり。・・・。(「日本建築辞彙」新訂版)
杮板(こけらいた):屋根を葺くために用いる薄板にて、長さ八寸、厚五厘内外あり。「かきいた」と称するは甚だしき誤なり。(「日本建築辞彙」新訂版)
葺足:屋根に葺きたる瓦、石板などの下端より、その下なる瓦などの下端迄の長さ。(「日本建築辞彙」新訂版)
要は、現われている部分の長さ。
軒唐草(のきからくさ)止木(とめぎ)」、土居土(どいつち)止木:中貫を用いる。
註 土居土止木:葺き土・土居土のずれ落ちを止めるための桟。軒先瓦より上の位置に打つ。土留桟と同義。
軒唐草止木:軒唐草(軒先瓦の意と解す)下には葺き土はないので瓦を掛ける瓦桟が要る。その桟の意と解す。
唐草とは唐草模様、軒先瓦には、唐草模様付もある。
しかし、すべての家屋が唐草模様付軒先瓦を用いたとは考えられず、軒先瓦の「通称」だったのではないか?
棟折(むなおり)押縁:三寸貫を用いる。
註 棟折(むなおり)押縁:杮葺の棟の押え。三寸貫は前註参照。
以上で「柱径の定め方」「各部木割」の項終り。
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職方同士の「慣用語」と思われる「用語」が続出し、読み下しながら、「日本建築辞彙」の編纂者も当初は困惑したのではないか、といらぬ感想を抱きました。
次回は、「縁側及化粧之部」「間内之部」「外廻り下見張り之部」を紹介します。日数がかかりそうです!
追補 貫について[追補追加 27日 11.30]
「日本家屋構造」では、貫が、建物の強度を確保するための必要部材である、との解説は特にありません。
しかし、「壁は自由な存在だった」シリーズ(全編をカテゴリー「壁は自由な存在だった」で括りましたので、そこから検索できます)で触れたように、日本の建物が、いわゆる筋交いや耐力壁を設けることをせずに(開口部を自由に扱いながら)長年にわたり健在であり得たのは、柱相互を貫で縫う工法が広く普及していたからなのです。
一般の家屋では、書院造が、一つの規範とされてきた、と言えます。したがって、木割にもその影響が色濃く見られます。実際の書院造の木割についてまとめた表を、「日本家屋構造」の紹介−6で載せてあります。その表から、貫は、柱径をAとすると、幅は柱径あるいは柱径の8割 (0.8A〜1.0A)程、厚さは柱径の1/4〜1/5 (すなわち0.2A〜0.25A)程が用いられていたことが分ります。
「日本家屋構造」では、大貫、中貫、三寸貫という用語を多く見かけます。それぞれの具体的な寸法を再掲すると次のようになります。
大 貫:長さ二間、墨掛寸法で幅4寸、厚さ1寸、実寸、幅3寸9分、厚さ8、9分程
中 貫:長さ二間、墨掛寸法で幅3寸5分、厚さ八分、実寸、幅3寸2、3分、厚さ6分〜6分5厘程
三寸貫:長さ二間、墨掛寸法で幅3寸、厚さ7分、実寸、幅1寸6分〜2寸2分、厚さ3分5厘〜5分
三寸貫は、小貫(こぬき)と呼ぶ地域もあるそうです。三寸貫は、柱を縫う材としては使われず、多用途の下地用の材として扱われていたように思えます。
多分、端材の小幅板を貫の語で総称するようになっていたのかもしれません。
上記貫の項で、貫は、下等家屋(本書矩計図例にある「普通住家」が相当する、と解します)で中貫、中等家屋で大貫を使うとありますが、普通住家の柱は、総高さが十尺を超え、径実寸3寸6〜8分程ですから、中貫で厚さは、柱径の1/5弱になり、中等家屋では総高さ13尺を超えるため、柱径4寸2〜4分、大貫の厚さで柱径の1/5近辺になります。これは、ほぼ往年の木割に相当しています。いずれも、長年慣用されてきた寸法が継承されたのではないでしょうか。
現在、ヌキとして市販されている木材は、通称105mm×厚15mmですが、実寸は幅100mm×厚14mm程です。また、柱径は、総高さに関係なく通称105mm、実寸100mm程が多いようです。ゆえに、貫厚は、柱径の1/6程です。したがって、これで縫っても、往年の木割には相当せず、当然容易に撓むので、耐力も期待できません。現在の法令では、ヌキに面材を張った壁を面材耐力壁として認定していて、これを貫工法と呼ぶ方もいますが、この場合、ヌキは単なる壁下地材にすぎないことに留意する必要があります。つまり、貫工法と呼ぶのは誤りです。
1950年の建築基準法制定以来、往年の工法は疎んじられてきましたが、それとともに、本来の貫の効用・効能が無視され、その結果、市販の貫材も単なる端材と見なされるようになった、それが現状の市販ヌキ材の実態ではないでしょうか。
今回の章は、普通の家屋の各部の標準的な仕様・部材寸法、あるいはその決め方(木割法)をを具体的な数字で示している章です。
部材寸法については、現在の「教科書」はもちろん木造建築についての「解説書」の類でも、まったく具体的に示されていない、と言ってよいでしょう。
それゆえ、初心者は、部材の寸法決めに際し、大いに悩むことになります。
私の場合、やむを得ず、これは、と思う諸事例の図面を参考にして決めていました。部材寸法のおおよそが身につくまで、つまり、自分で決められるようになるまで、10年近くかかったように思います。
ここに紹介されている部材寸法や決め方(木割法)は、長年、多くの大工諸氏が現場で習得し、継承してきた「経験値」と考えてよいでしょう。
現在のように、時の政府や《有識者》《学者・研究者》が(恣意的に、勝手に)決めたものではない、ということです。
つまり、強度的にも見栄えの点でも、妥当であり問題ない、と現場の実践で裏付けられてきた部材寸法であり決め方、なのです。
それゆえ、この数値、決め方は、ほとんどが現在でも通用するはずです。その意味で、貴重な資料・データと言えます。
なぜ現在の教科書や解説書では、部材寸法について具体的に示さないのでしょうか?
おそらく、「構造計算」という「概念」が建築界で「優位な位置」を占めるようになったからだ、と私は思っています。
以前にも書いた気がしますが、「構造工学」を学ぶ学生に、部材の断面はどのようにして決める?と訊ねると、大方は構造計算で決めると答えます。
実際は、「先ず断面を『仮定』し」、「構造計算」は、その仮定した断面が問題ないかどうか、確認するために行うに過ぎない、と言うと怪訝な顔をします。
構造計算で自動的に断面が決まる、と考えているらしいのです。学生以外でも、そのように考える方が多いのではないでしょうか。
そこで問題は、断面をどうやって仮定するか、ということになります。「仮定」がなければ、「計算」もできないからです。
しかし、教科書には「仮定」の決め方は触れられていないのです。
通常「仮定」は、どうやって決めているか?その「拠り所」は、「経験」によってそれぞれが築いた「直観」以外にありません。
しかし、「経験」に基づく「直観」などというのは、工学系の研究者・学者諸氏が最も嫌う「概念」です。
だから、「仮定断面」の決め方について、触れることができないのです。それゆえ、現在の教科書には、部材寸法について、具体的記述がない。
私は、このように考えています。
前置きが長くなりました。本論に入ります。
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はじめに、「四 普通住家略木割」の原文を転載します。
以下、註を加えながら現代風に読み下します。ただ、長くなりそうですので、今回は「各部木割」までとし、「縁側及化粧之部」「間内之部」「外廻り下見張り之部」は次回といたします。
建物の高さによって柱の直径を定める方法
柱径が、木割の基本。それゆえに、先ず柱径を定めなければなりません。
柱径は、建物の高さ、すなわち柱の長さに応じて決まる、というのが、この書の考え方です。現在でも通用すると考えてよいでしょう。
柱の長さ 柱の大きさ
9尺(≒2.7m) 3寸4分(≒103?)角
10尺(≒3.0m) 3寸6分(≒109?)角
11尺(≒3.3m) 3寸8分(≒115?)角
12尺(≒3.6m) 4寸 (≒121?)角
13尺(≒3.9m) 4寸2分(≒127?)角
14尺(≒4.2m) 4寸4分(≒133?)角
15尺(≒4.5m) 4寸6分(≒139?)角
16尺(≒4.8m) 4寸8分(≒145?)角
17尺(≒5.1m) 5寸 (≒151?)角
縁側や便所などの柱の径は、本屋の柱径(A)より、その十分の一減らすか(∴0.9A)または十分の一・五減らす(∴0.85A)。
部屋内の釣束(つり づか:吊束)の径は、本柱の径(A)の十分の八(∴0.8A)とする。
ここに記した部材寸法、木割は、市場で販売されている(市販の)木材を標準として定めている。
すなわち、「押大四角(おし だい しかく)」を3寸4分または三寸6分角に、五寸角を3寸8分または4寸角に削り仕上げるものとする。
註 聞き慣れない用語があるかと思いますので、以下に、「日本建築辞彙」新訂版より用語の解説を転載します。
「押(おし)」:「押角(おし がく、おし かく)」の略。
「押角」:七寸角より小なる木材を押角という。
「大四角」:「押四寸五分角」をいう。
七寸角以上を「大角(おお がく)」とし、それ以下を「押角」となすことあれども、また所によりては、
九寸より「大角」となし、九寸未満を「中角」となし、五寸未満を「小角(こ かく)と称することあり。
なぜ七寸角以下の材の呼び名に「押」と言う字を付すのか、その訳・謂れが分りません。
市販の4寸5分角は、正4寸5分ではなく、曳割り前の寸法:墨掛け寸法で、実寸は4寸強程度ではないかと思います。
そうであると仮定すれば、4〜6分削ることで、3寸6分〜3寸4分に仕上がります。
近世の建物の柱には仕上がり4寸2分程度が多く見られます。おそらく市販の五寸角:実寸4寸8分程度:を削り仕上げるからではないでしょうか。
現在、市販四寸角をプレーナーで仕上げると、3寸8分程度に上がります。
以上は私の推測です。間違っているかもしれません。
「日本家屋構造」の紹介−2で、製材法の解説の部分を転載してありますが、墨掛け寸法と実寸の差の詳細(鋸の厚さ?)、あるいは「押角」の意などに
ついては説明がありません。
「押」の意を含め、当時(あるいは近世)の製材法や市販木材について詳しい方、ご教示いただければ幸いです。
各部の部材の木割
土台の大きさは、「柱一本一分」の角とする。一分とは、柱径の十分の一の意。
つまり、柱径をAとすると、土台は1.1A角とする。
足固(足堅:あし がため):成(せい:高さ)柱一本四分×幅 一本一分、すなわち1.4A×1.1A。
大引:柱一本三分×一本一分、すなわち1.3A×1.1A。ただし、松丸太の場合は、二間のとき末口6寸。
根太:成2寸5分×幅2寸。普通は市販の「二寸角」
註 二寸角:八寸角十六割にして、実寸は一寸七分角程なり。長さは一間、一間半及び二間の三種あり。(「日本建築辞彙」新訂版)
貫:下等の家屋では中貫(ちゅうぬき)、すなわち幅3寸2〜3分×厚5〜6分、中等家屋では、大貫(おおぬき)、すなわち幅3寸6〜7分×厚7〜8分。
註 大貫:杉大貫は、長さ二間、幅四寸、厚さ一寸の墨掛なり。実寸は幅三寸九分、厚さ八、九分程なり。・・・
中貫:杉中貫は、長さ二間、幅三寸五分、厚さ八分とす。尤もこれは墨掛寸法なる故、実寸は幅三寸二、三分、厚さ六分〜六分五厘程なり。
以上「日本建築辞彙」新訂版の解説より
床板:下等家屋では六分板(正3〜4分位、註参照)、上等家屋では一寸板(正7〜8分位、註参照)。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
六分板:墨掛厚六分なる板をいう。実寸は四分五厘程(≒13.6mm)にして、幅一尺以内、長さ一間なり。
一寸板:墨掛のとき厚さを一寸宛となす故この名あり。されど実寸は八分五厘(≒25.8mm)内外なり。
松一寸板は、長さ一間、一見半、及び二間の三種、
檜一寸板は、長さ一間、
杉一寸板は長さ二間にして東京にては普通これを板割(いた わり)と名く(なづく)。一寸板の幅は七寸〜一尺程。
板割:・・・東京近傍にては、単に板割といえば杉一寸板のことなり。・・
間柱(ま ばしら):普通は松六本三寸(ろっぽん さんずん)(括弧内は「正1寸4〜5分×1寸2〜3分ほど」の意と解す)または市販の二寸角(正1寸7〜8分×1寸4〜5分)を用いる。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
間柱(ま ばしら):大柱の間に、一尺五寸間内外に建てたる小柱にして、「下見(したみ)」」「木摺(き ずり)」などを取付けるためのものなり。
大きさは松「大三寸(おお さんずん)」ないし「五寸角二つ割」程なりとす。
なお、頭注に次のようにある。
「大三寸」は「六本三寸」に同じ。「大三寸」と「五寸角二つ割」とでは、大きさが異なる。前者は伝統的な、後者は木造洋館の間柱であろうか。
前者は間半(ま はん)(三尺のこと)に壁貫に添え付けて立てられ、 塗壁の補強、押縁下見の下地の用をなし、
後者は木摺や下見板張の下地に使われた。
六本三寸(ろっぽん さんずん):松七寸角十六割にして、長さ九尺及び二間の二種あり、実寸は一寸五分×一寸二分なり。
「大三寸」、「松一寸七分角」、「五分八」などの別名ありて、安普請の根太、垂木などに用うるものなり。
二寸角:前掲根太の項の註参照。
「六本三寸」の呼称の謂れが分りません。ご存知の方、ご教示いただければ幸いです。
また、七寸角を縦横それぞれ四つに割ると(墨掛十六割)、計算上、1寸7分5厘角になります。
それが実寸1.5寸×1.2寸になるのはなぜか(なぜ縦横同じ寸法にならないのか)、この点もご教示いただければ幸いです。
塗込貫(ぬりこみ ぬき):普通の三寸貫または中貫の背付(せつき)にて図の如く(原文中の小図)左右の厚さを三分位、中央部を五分位の山形に削り用いる。
註 以下は、「日本建築辞彙」新訂版の解説。
三寸貫(さんずん ぬき):長さ二間、幅三寸、厚さ七分の杉材をいう。その実寸は幅一寸六分〜二寸二分、厚さ三分五厘〜五分なり。
墨掛寸法3寸が、実寸1寸6分〜2寸2分にまで狭くなる理由が分りません。どなたかご教示を!
背付(せ つき):丸身(まるみ)付
塗込貫(ぬりこみ ぬき):小舞竹を取付けるための貫にて、勿論塗隠(ぬりかくし)となるものなり。
「壁下地、間渡竹切込み、塗込貫、杉中貫取付け、小舞掻付け(かきつけ)」など。
軒桁:柱間六尺の時は、成一本二〜三分×幅一本一分(柱径をAとして、1.2〜1.3A×1.1A)
二間以上持ち放しの時は、成九寸以上×幅六寸以上。
小屋梁(こや ばり):長さ二間の時、松丸太末口七寸以上
長さ三間の時、松丸太末口九寸以上
飛梁(とび ばり):長さ六尺の時、末口四寸五分
長さ九尺〜二間の時、末口六寸
註 長さとは梁間:支点間の距離:の意と解します。
小屋束:梁間二間又は三間の時、三寸五分角あるいは四寸角
棟木、母屋:四寸角又は四寸五分角
野隅木、谷木:四寸角
野垂木:普通は二寸角(丸身なし)
註 二寸角:松二寸角は、八寸角十六割にして、実寸は一寸七分角程なり。長さは一間、一間半及び二間の三種あり。(「日本建築辞彙」新訂版)
広小舞:幅四寸以上五寸×厚一寸以上一寸五分
鼻隠し:幅三寸五分以上四寸×厚八分以上一寸
軒先裏板:六分板
註 六分板については、床板の項の註参照
瓦桟(かわら ざん):普通は並小割(なみこわり)正八分×一寸
註 並小割(なみこわり):杉の四寸角十二割または五寸角二十割なる細き木にして、長さは二間なり。
実寸は幅一寸、厚さ九分ほどのものなり。(「日本建築辞彙」新訂版)
野地(板):三寸貫を小間返しに打つものとする。
註 三寸貫については、塗込貫の項の註参照。
土居葺(どいぶき):杮板(こけらいた)正寸もの(長さ八寸、厚五厘)を葺足一寸五分で葺く。
註 土居葺(どいぶき):屋根瓦下なる薄板葺をいう。その板は厚薄により等差あり。・・・。(「日本建築辞彙」新訂版)
杮板(こけらいた):屋根を葺くために用いる薄板にて、長さ八寸、厚五厘内外あり。「かきいた」と称するは甚だしき誤なり。(「日本建築辞彙」新訂版)
葺足:屋根に葺きたる瓦、石板などの下端より、その下なる瓦などの下端迄の長さ。(「日本建築辞彙」新訂版)
要は、現われている部分の長さ。
軒唐草(のきからくさ)止木(とめぎ)」、土居土(どいつち)止木:中貫を用いる。
註 土居土止木:葺き土・土居土のずれ落ちを止めるための桟。軒先瓦より上の位置に打つ。土留桟と同義。
軒唐草止木:軒唐草(軒先瓦の意と解す)下には葺き土はないので瓦を掛ける瓦桟が要る。その桟の意と解す。
唐草とは唐草模様、軒先瓦には、唐草模様付もある。
しかし、すべての家屋が唐草模様付軒先瓦を用いたとは考えられず、軒先瓦の「通称」だったのではないか?
棟折(むなおり)押縁:三寸貫を用いる。
註 棟折(むなおり)押縁:杮葺の棟の押え。三寸貫は前註参照。
以上で「柱径の定め方」「各部木割」の項終り。
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職方同士の「慣用語」と思われる「用語」が続出し、読み下しながら、「日本建築辞彙」の編纂者も当初は困惑したのではないか、といらぬ感想を抱きました。
次回は、「縁側及化粧之部」「間内之部」「外廻り下見張り之部」を紹介します。日数がかかりそうです!
追補 貫について[追補追加 27日 11.30]
「日本家屋構造」では、貫が、建物の強度を確保するための必要部材である、との解説は特にありません。
しかし、「壁は自由な存在だった」シリーズ(全編をカテゴリー「壁は自由な存在だった」で括りましたので、そこから検索できます)で触れたように、日本の建物が、いわゆる筋交いや耐力壁を設けることをせずに(開口部を自由に扱いながら)長年にわたり健在であり得たのは、柱相互を貫で縫う工法が広く普及していたからなのです。
一般の家屋では、書院造が、一つの規範とされてきた、と言えます。したがって、木割にもその影響が色濃く見られます。実際の書院造の木割についてまとめた表を、「日本家屋構造」の紹介−6で載せてあります。その表から、貫は、柱径をAとすると、幅は柱径あるいは柱径の8割 (0.8A〜1.0A)程、厚さは柱径の1/4〜1/5 (すなわち0.2A〜0.25A)程が用いられていたことが分ります。
「日本家屋構造」では、大貫、中貫、三寸貫という用語を多く見かけます。それぞれの具体的な寸法を再掲すると次のようになります。
大 貫:長さ二間、墨掛寸法で幅4寸、厚さ1寸、実寸、幅3寸9分、厚さ8、9分程
中 貫:長さ二間、墨掛寸法で幅3寸5分、厚さ八分、実寸、幅3寸2、3分、厚さ6分〜6分5厘程
三寸貫:長さ二間、墨掛寸法で幅3寸、厚さ7分、実寸、幅1寸6分〜2寸2分、厚さ3分5厘〜5分
三寸貫は、小貫(こぬき)と呼ぶ地域もあるそうです。三寸貫は、柱を縫う材としては使われず、多用途の下地用の材として扱われていたように思えます。
多分、端材の小幅板を貫の語で総称するようになっていたのかもしれません。
上記貫の項で、貫は、下等家屋(本書矩計図例にある「普通住家」が相当する、と解します)で中貫、中等家屋で大貫を使うとありますが、普通住家の柱は、総高さが十尺を超え、径実寸3寸6〜8分程ですから、中貫で厚さは、柱径の1/5弱になり、中等家屋では総高さ13尺を超えるため、柱径4寸2〜4分、大貫の厚さで柱径の1/5近辺になります。これは、ほぼ往年の木割に相当しています。いずれも、長年慣用されてきた寸法が継承されたのではないでしょうか。
現在、ヌキとして市販されている木材は、通称105mm×厚15mmですが、実寸は幅100mm×厚14mm程です。また、柱径は、総高さに関係なく通称105mm、実寸100mm程が多いようです。ゆえに、貫厚は、柱径の1/6程です。したがって、これで縫っても、往年の木割には相当せず、当然容易に撓むので、耐力も期待できません。現在の法令では、ヌキに面材を張った壁を面材耐力壁として認定していて、これを貫工法と呼ぶ方もいますが、この場合、ヌキは単なる壁下地材にすぎないことに留意する必要があります。つまり、貫工法と呼ぶのは誤りです。
1950年の建築基準法制定以来、往年の工法は疎んじられてきましたが、それとともに、本来の貫の効用・効能が無視され、その結果、市販の貫材も単なる端材と見なされるようになった、それが現状の市販ヌキ材の実態ではないでしょうか。