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Channel: 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司        
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「第Ⅳ章ー3-A1椎名家,2北村家住宅」

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 (第Ⅳ章ー3-A1椎名家住宅」より続きます。)

 

 

 椎名家平面図

  

   

椎名家梁行断面図      日本の民家1農家Ⅰより        古井家梁行断面図            日本の民家3農家Ⅲより  

 

 椎名家では、上屋+下屋架構の上屋柱に相当する主要な柱列が、上図の色をかけた部分を挟んで置かれている。 従来の上屋+下屋架構では、上右図の古井家の例のように、上屋柱上に梁が架けられ、又首が組まれる。 

 

 これに対して、椎名家では、主要柱相互は中途を丸太の差物(飛貫に相当)で繋ぎ、その上の梁は柱位置より両側(南北)に伸び、側柱と主要柱とを結ぶ繋梁上に設けた束柱で受け、全体は鳥居状の形をなしている(左上図参照)。 桁も主要柱列上にはない。 また、この差物は、桁行方向のいわば背骨にあたる丸太梁を受けているが、丸太梁が大きく湾曲しているため、柱への取付き位置は柱ごとに異なる(桁行断面図および写真参照)。

 註 このように主要柱上に桁を通さないつくりを四方下屋造と呼ぶという。 なお、差物の柱への仕口は、枘差し鼻栓(写真参照)。繋梁は、側柱へ折置、主柱へは、枘差し鼻栓(写真参照)。 

 この架構法の採用により、椎名家では、小屋組はもとより、空間構成も、上屋・下屋の束縛から解放されている。

  一般の人びとの間では、すでに17世紀半ばまでに、柱-梁-柱で構成される門型を並べ、容量不足の場合には各面に下屋を増築するという二次元的な発想から、当初に立体として三次元的に構想することが普通になっていたと考えられる。

  

  

 ひろま南側の縁 突きあたりはげんかんへの板戸         小屋組詳細   真束と又首 棟木は又首の上に据え

 

   

 どま 西北隅部見上げ           桁を受けている柱は約5寸9分角

 

 どま以外では、主要柱列の内法上に貫が3段入り、下2段分を小壁としているが、上部には壁はない。 

 

   

 ひろまからどまをみる  鴨居の樋端は後補                 日本の民家1 農家Ⅰより

 

 

A-2.北村家住宅  1687年(貞享4年) 旧所在 神奈川県秦野(はだの)市 堀山下 現在 日本民家園(川崎市 生田緑地内)

 秦野は、丹沢山麓に位置する畑作地帯。煙草の栽培で有名。

 建設時は鍛冶谷村で、同村の大工、隣村平沢村の大工の名と貞享4年の墨書が小屋束の枘から発見された。

 

南正面          右端のだいどころ(どま)まわりの壁は割竹張りの真壁     日本の美術№287より

平面図 柱間寸法 1間:6尺   柱はケヤキ、クルミ  平面図・断面図共に日本の民家1農家Ⅰより

 

桁行断面図

ひろま~だいどころ(どま)               床と天井は竹すのこ  どま境上の小壁は割り竹張り  日本の美術287より

 

梁行断面図                                 日本の民家1 農家Ⅰより

 

 椎名家と同じように、主要柱列間より両側に梁が伸び、又首を受ける。梁は繋梁上の束柱が受け、桁もその上に通っている(四方下屋造)。

 しかし、主要部の架構では、椎名家とは異なり、中途の差物(飛貫)はなく、内法上に4段の貫を組む。最下段の貫のひろま側には付長押様の材が張られている(桁行断面図、写真参照)。 この4段の貫の入った部分は、割り竹を張った小壁としている(梁行断面図および写真参照)。

 


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