(Ⅲ-1浄土寺 浄土堂の壁仕様 より続きます。)
浄土寺 浄土堂の建て方手順 (「国宝 浄土寺 浄土堂修理報告書」極楽山浄土寺発行より抜粋要約)
浄土寺浄土堂の場合、修理工事調査担当者は、いろいろ検討の結果、柱を立て、先ず飛貫(ひぬき)を通し、軸組を固めることから始めた、と判断しています。
その理由は、四周全体に取付く胴張り付きの飛貫は、側柱内で鉤(かぎ)型付きの相欠き(あいがき)(略鎌りゃくかま)で継ぎ、しかも隅柱内での仕口も相欠きであるため、柱を立てながら取付けて行かねばならない:つまり建て込みにしなければならないからです。
たしかに、飛貫が組まれると、軸組:柱列が固まります。これは、古代の寺院建築では考えられないことです。 註 足固(あしがため)貫は、後から差し込むことができます。 胴貫(どうぬき)は数が少なく、飛貫とともに組めばよく、頭貫(かしらぬき)は、貫と言っても、柱を貫通してないので上から落し込めば済みます。
次に、どこから始めるかを考えるにあたり、調査者は、最後の飛貫を、どこに、どのように建て込むかを考え、正面の入口部で飛貫が方立(ほうだて)(建具:扉を納めるための縦枠)で二分されているので、ここで逃げられる、と判断しています。
更に、入口左側の[柱3]か、隅の[柱4]か、を考えた末、飛貫が柱内で交叉する東南角の隅柱[柱4]から時計まわり:右まわりで進めるのが妥当、と判断しています。 註 [柱1]から、反時計まわりで進めることも可能です。
以下、順を追って、「報告書」の内容を、先の図を参照しつつ、要約紹介します。
図中の赤い〇で囲んだ数字(ex①、①イ・・・)は、建て方の順番を示し、また①イ・・・は、①の工程の中の順番を示します。その工程ごとの説明が、以下の①・・・に対応します。
第1工程
①・・・・[柱4]:東南隅柱を据える。この柱内で、飛貫+肘木が相欠きで交叉する。 南側の飛貫+肘木が上木(うわっき)、東側:正面側が下木(したっき)
①イ・・・南側の飛貫+肘木(上木)を[柱4]に差す。
①ロ・・・差した飛貫+肘木(上木)を1.05尺高の差口(さしくち)いっぱいに押上げ、その下側に東側の飛貫+肘木(下木)を通す。 上木を落して下木に噛み合わせる。 註 仕口は先に下木を据え、上木を噛ませるのが普通。
・・・ 上木を先行させる理由の解説図が、「柱4飛貫仕口分解図」です。 普通、相欠きの噛みあう部分:高さは上木、下木同寸。つまり、噛みあい部の高さの1/2ずつにします。ところが、この例では、上木の欠き込みは4寸、下木は3寸になっています。また、下木の差口が7.5寸×4.8寸であるのに対して、上木の差口は、幅は下木と同寸ですが、高さは飛貫の高さ1.05尺のままになっています。通例どおり下木を先に据えると、上木の差口の残りは6.5寸×4.8寸しかありませんから、高さ7寸の上木を差すことができません。それゆえ、上木を先に差し、高さ1.05尺の差口上端まで目いっぱい持ち上げ下木を差す、という手順になるわけです。
・・・欠き込み寸法を2等分ではなく差をつけたのは、おそらく、下木の欠き残りをなるべく大きくして、下木が欠き込み部分で折れる危険を避けるためではないか、と考えられます。上木側は、欠き残りが小さくても折れる心配はありません。
・・・正直のところ、欠き込み寸法の差の影響が分るまで、そして、上木側の差口が大きい理由、埋木:楔の高さが3.5寸もある理由が分るまで暫しの時間を要しました。
②・・・・[柱5]を飛貫の継手分(1.6尺)定位置より西側に仮に立て、[柱4]からの飛貫を[柱5]に差しながら定位置に戻します。 この場合、下に割竹を敷いて滑らします。別の方法として[柱4](東南隅柱)を、飛貫を通したまま継手分東に傾け、傾きをもどしつつ[柱5]に飛貫を差す方法があります。
これは、上木側差口の3.5寸の埋木の余裕を使う方法で、調査者は、これが正統の方法かもしれない、と見ています。たしかに、3.5寸の「余裕」の意味も分ります。
③・・・・飛貫を[柱4]に差します:①ロと同時の作業。
④・・・・[柱3]を、[柱4]からの飛貫を差しながら据えます。
⑤⑥・・・飛貫を差しながら[柱6]を立てます。 次の西南隅の[柱7]がやっかいです。 [柱7]を定位置に立てたのでは、南側最後の飛貫+肘木が差せません。そこで、
⑦イ・・・飛貫の[柱6]への挿入分(1.6尺)[柱7]を西にずらして仮に立て、
⑦ロ・・・更に図のように南側に少し回転させ飛貫+肘木を[柱7]に差し、
⑦ハ・・・回転して戻しながら[柱6]に飛貫東先端を差口にあてがいつつ、
⑦ニ・・・[柱7]を、飛貫を[柱6]に差しながら、定位置に戻し固定します。この作業は、[柱7]の下に割竹を敷いて行ないます。 なお、②で触れた「別方法」も可能です。
⑧・・・・これからは飛貫と同時に胴貫も建て込みになります。 [柱7]へ飛貫を①イ、ロと同様の方法で差します。
⑨・・・・胴貫を[柱7]へ差します。
⑩・・・・[柱8]を、②の[柱5]と同じ方法で、[柱7]からの飛貫、胴貫を差しながら立てる。
⑪・・・・次の間の飛貫、胴貫を[柱8]に差す。
⑫・・・・⑩と同じ方法で、[柱8]からの飛貫、胴貫を差しながら[柱9]を立てる。
次は[柱4]と対称位置の隅柱[柱10]なので、①と同じ方法を採ります。
⑬イ・・・[柱10]を飛貫の継手分北側(右外側)にずらし仮立てし、
⑬ロ・・・はじめに北側面の飛貫+肘木を差します。飛貫+肘木を差したまま北側に回転させ、 [柱10]に差した上木の飛貫+肘木を差口上端目いっぱいに押上げ、
⑬ハ・・・西面北の間に入る飛貫、胴貫を、押上げてある[柱10]の飛貫+肘木の下に差し、飛貫+肘木を落し飛貫に噛ませます。
⑭・・・・北面、西面の各貫をつけたまま、回転を戻し、西面の飛貫、胴貫を[柱9]に差します。
⑮・・・・[柱11]を、[柱10]からの飛貫を差しながら、定位置に据えます。
⑯・・・・[柱11]に、北側中の間の飛貫を差します。
⑰・・・・[柱11]からの飛貫を差しながら[柱12]を定位置に立てます。
⑱イ・・・[柱1]を東側にずらし、時計まわりに少し回転させて仮に立て、
⑱ロ・・・北側面の飛貫+肘木を[柱1]に差し、
⑱ハ・・・回転を戻し、
⑱ニ・・・全体を西に戻しながら飛貫を[柱12]に差し、[柱1]を定位置に据える。
⑲・・・・北側の飛貫+肘木(上木)を押上げておき、正面北の間の飛貫を[柱1]に差します。
⑳・・・・[柱2]を、[柱1]からの飛貫を差しながら立てます。
最後に、[柱2][柱3]の足元を左右に開いておき、胴貫を入れた後、柱を定位置に戻します。
第2工程 次の工程は、頭貫の据付けですが、これは落し込みでできるので簡単です。
第3工程 内陣については、この修理では解体をしなかったそうです。内陣も建て直すとするならば、内陣から先に建てるのが普通です。当初も、当然内陣を先行したと思います。内陣は1間四方ですから継手はなく、どこからでも工事は行えます。
図上の順番は、一つの方法です。
第4工程 内陣の頭貫を据付。これも簡単な仕事です。
第5工程 足固貫を入れる。南面、北面の下木を先に、次いで東面、西面の上木を入れます。これは、飛貫に比べれば簡単です。 ただ、足固貫1本の長さが柱間芯々寸法より長いため、柱間に入れるとなると、材を柱径一つ分以上反らせなければ穴に入りません(通常の「貫」では、反らして貫通させています)。しかし、この場合は平角材ほどの寸法の材ですから、簡単には反りません。貫穴が横にも広く開けてあるのは(横にも埋木:楔を入れたのは)、このことを考えたのかもしれません。
ところで、解体してみたところ、足固貫材は、ほとんどが湾曲していたため、柱間に通すのに都合がよかったそうです。もしかしたら、意図的なものだったのかもしれない、と調査者も考えています。註 自然の収縮では、そんなには湾曲しないのでは、と思います。
以上、言葉で工程を説明するのは難しく、「報告書」に書かれていることも理解するには時間がかかりました。それにしても、きわめてよく練られている「設計」です。
得てして現今の設計は、できあがりの姿に固執するあまり、その姿に至るにはどのようにするのかを考えてある例は、きわめて少なくなっています。しかし、「設計」する以上は、「工程」まで考えられていてあたりまえです。
浄土寺浄土堂や東大寺南大門などの工事にあたって、どのような図面が用意されていたのか(それともなかったのか)分りませんが、建て方前、木材を加工する:刻む前に、ありとあらゆることが考えられていなければ、このような建物づくりを実行することは不可能です。 註 工という字には、本来、つくるにあたって必要なありとあらゆることを考える、という意がある。
しかも、使われている継手・仕口は、原理的には相欠き(埋木:楔締めも含む)1種類のみ。相欠きの原理を、場所ごとで応用し* 、すべてを律しています。 * 単なる相欠き、鉤型を付けた相欠きなど、大きさ、形状を場所ごとに変えている。
また、一人でこの仕事をしたはずがなく、協働者がいたはずです。そのためには、「事前に考えたこと」つまり「設計内容」を、工人同士が「共有」していたと考えられます。その方法は詳らかではありません。
東大寺大仏殿の後に建設されたとしても、その4年後に、このような熟達した仕事がこの地で行われたことを見ると、大仏殿の再建が、宋の技術者の指導だけで行なわれたと考えるのは、かなり無理があるように思えます。
内陣正面 木造阿弥陀如来及両脇侍立像(国宝) 「国宝 浄土寺 浄土堂修理報告書」極楽山浄土寺発行 より:昭和34年発行、平成5年重版
(Ⅲ-1 参考 東大寺南大門 に続きます。)