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Channel: 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司        
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「Ⅰ-5.6」 日本の木造建築工法の展開

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 (Ⅰー5. 5より続きます。)

 

 6.木材の問題点・・・・腐朽と虫害、収縮・捩れ・干割れ、耐火性

1)腐朽と虫害・・・・木材の特徴を知れば、腐朽と虫害を避けられる

 一般に、木材は含水率が20%を越えると腐りやすくなると言われています。けれども、縄文時代や弥生時代の掘立柱の根元が、各地で数千年、腐らないで地中から発掘されています。

     

 上左の写真(鈴木嘉吉著 古代建築の構造と技法 より)は、8世紀につくられた平城宮の掘立柱の地中に埋まっていた部分です。地中は水分が多いため、当然木材の含水率は20%をはるかに越えているはずです。 

 では、なぜ掘立柱の根元は腐らなかったのでしょうか。

 木材が腐るとは、木材を構成している細胞が、腐朽菌と呼ばれる一群の菌類によって分解されること、木材の組織が菌類によって食べられてしまうことを言います。腐朽菌は、生きるために、水分・栄養分だけではなく酸素を必要とします。ところが、地中では水分・栄養分はあっても酸素は不足し、地中深くに埋められている木材は腐りにくいのです。

 同様に、水中に打ち込まれた杭も、水中部分はほとんど腐りません。腐るのは、酸素が十分供給される水面のあたりです。コンクリート製品が普及する以前は、建物などを支える杭としてマツやカラマツの杭が使われていましたが、これも地中深くでは木材が腐らないからだったのです。

 上右の写真(撮影筆者)は、およそ30cmの深さで地面に埋められていた生垣の支柱です(物差しは約30cm)。直径約9~10cmのスギの丸太で、立ててからおよそ5年経過しています。線の位置まで地中に埋まっていましたが、地面の上2~3cmのあたりから腐りだし下へと進んでいます。それより上の部分は腐っていません。もっと深くまで埋めてあれば、下の方は腐らなかったと思われます。平城宮の掘立柱も、地表に近い方は腐っています。なお、この杭には防腐剤を塗ってあったのですが、その効き目はなかったことが分ります。防腐剤は定期的に塗りなおす必要がありますが、地中では塗りなおしができないため、効きめがなくなってしまったのです。 

 木材の弱点として、腐朽とともに虫害があります。

 最大の虫害は、シロアリによるものです。シロアリには、北海道南部まで分布しているヤマトシロアリと、南日本と西日本南岸に多いイエシロアリがあります(イエシロアリも北上しているようです)。

 ヤマトシロアリは、水分を多く含んだ木材を好み、イエシロアリは地中につくった巣から水分を自らはこびながら木材に侵入し、木材を食料にします。シロアリは腐朽菌と同じような環境:十分な栄養分・水分・酸素:を好むのです(近年、北米産の輸入外材ともに入ってきた乾燥した木材を好む新種のアメリカ カンザイ シロアリが増えつつありますが、これまでの駆除法が効かず、問題になっています)。 

 木造の建物の最大の問題は、いかにして木材を腐朽と虫害から護るか、という点にあります。

 最近は、とかく防腐・防虫剤:薬剤にたよりがちですが、薬剤の効果は永久ではありません。定期的に塗布や散布をしなければならず、再度の塗布・散布が不可能な場所では効果がないことは、先の杭の例で明らかです。しかも、大部分の薬剤は毒性が強く、人や動物に対しての副作用があります。

 それゆえ、腐朽・虫害から木材を護る最良の方策は、腐朽菌やシロアリなどが好む環境をつくらないことなのです。木造の建物づくりの歴史が長いわが国では、これら腐朽・虫害から建物を護る工夫が積み重ねられています。

 腐朽・虫害から建物を護る工夫の要点は、以下にまとめられます。

① 雨などが建物にたまらないようにする(屋根の勾配を急にする、水はけをよくする、壁に雨をあたらないようにする・・・など)。  ② 空気中の水分が余分に木部に吸収されないようにする(空気が淀む場所をつくらない・・・など)。  ③ 腐朽が避けられない場所は、取替えが容易なようにつくる。 

 これらの工夫の数々、その原理・理屈は、もちろん現在でも活用が可能です。

 

2)収縮、捩れ、干割れ・・・・乾燥材でも収縮、捩れ、干割れは生じる

 木材は樹木を製材してつくります。樹木は、先に触れたように、外周に近い部分と、芯に近い部分では、含まれる水分の量が異なります。しかも、幹の上:梢側と幹の下:根元側でも含まれる水分量に差があります。

 さらに、樹木には、各部に自立を維持するために力が蓄えられています。たとえば外周部には締め付け、引っ張り合う力を蓄えています。製材すると、これらの力は解き放たれることになります。

 これらが複合して、丸太を製材すると、収縮や捩れ、干割れが生じるのです。木材を乾燥させる目的は、できるかぎり含まれる水分を少なくしてその影響を減らすためです。しかし、すでに触れたように、平衡含水率は常に一定ではなく、環境に応じて変化します。

 つまり、乾燥材は、収縮・捩れ・ひび割れを少なくすることはできても0にすることはできず、収縮・捩れ・ひび割れは必ず発生する、という理解が必要です。

TIMBERDESIGN and CONSTRUCTION より

 上図は、丸太を製材するとき、製材の場所によって収縮の度合いが違うため、製材後の木材に生じる収縮変形を示した図です。また下の写真は、丸太を製材する方法の一つです。樹木の芯の部分は強さがあるため、構造に使う柱を取ります。この場所でとる柱は芯を含むので芯持柱(しんもちばしら)と呼びますが、樹木をまわりから締め付けていた力が解放されたため、芯から放射状に割れが入ります(丸太でも30頁の写真のように割れが入ります)。それを避ける方法が、製材のときに人工の割れをつくっておき、収縮をそこに集中させる背割り(せわり)です。 

    

資料提供 丸川木材(株)                 背割りなしの芯持柱 放射状の割れ   背割りを設けた芯持柱

 背割りは柱材に設け、背割り部は、仕上がったとき隠れてしまう場所に向けて使うのが普通です。力がかかる横材:梁や桁にも、芯を含んだ材を使いますが、背割りは設けません。

 木材は、建物に組み上がった段階で割れが見えなくても、時間が経ってから割れ:干割れが入ることがあります。また、夏季の空気が湿った状態では見えなかった割れが、乾燥する冬季になると表れ、季節の変わり目には大きな音を発することもあります。 

 割れは特に製材した角材に発生することが多く、ほぼ丸太のまま使った場合には、発生は少ないようです。樹木が本来持っている力をとどめているからと考えられます。                                  

 割れ:干割れのある材料は、構造的に弱い、あるいは、干割れが入ると弱くなる、と思われがちですが、むしろ、強度的に優れた材ほど干割れは発生しやすいようです。干割れは、木材が好ましい環境に置かれている証拠かもしれません。

   

 東大寺南大門の貫(角材)の干割れ 奈良六大寺大観より 茨城・椎名家 柱の上部の干割れ(日本の民家1 農家Ⅰより)

 群馬・生方家 柱の干割れ(日本の民家5 町家Ⅰより)

 上の写真は干割れの実例です。東大寺南大門は12世紀末の建設で、使われている貫は当初の材料のままです。何本かの貫に干割れが見えます。この干割れは、材料自体の収縮によって発生したものです。

 茨城の椎名家、群馬の生方(うぶかた)家は、ともに17世紀後半の建設で、材料は建設当初のものです。ここでは、柱に干割れが入っていますが、横材取付き位置から割れが入っていることから見て、この場合は、材料自体の収縮だけではなく、横材を取り付けるために彫られた孔も干割れ発生のきっかけになったものと考えられます。

 日本の建物づくりでは、後に触れますが、長年にわたり、木材の伸縮・捩れ・干割れなどの影響を材料の組み立て方で減らすなどの工夫を積み重ね、技術として集積しています。

  一方、このような木材の伸縮、捩れ、干割れなどを起こさないように、材料の段階で考えたのが集成材です。

  集成材を使った梁

  たとえば、上向きに反るクセのある板2枚を、背中合わせに糊で貼り合わせると、反りの発生が押さえられます。集成材は、この理屈を利用して、薄くひいた板や小さな角材などを繊維方向を互いにほぼ平行にして、厚さ、幅および長さの方向に集成して接着したもので、通常の木材(無垢(むく)材)に比べて、強度や性質がほぼ一定になることから、鉄骨などと同じように扱うことができ、大きな木造構築物などで利用が広まっています。

 また、柱などを壁で被うつくり方(大壁つくり)、特にボード類を下地にして壁紙を貼るつくり方では、下地にわずかな伸縮が生じるだけでも壁紙の剥がれにつながるため、住宅メーカーの木造軸組工法による住宅では、集成材による軸組が増えています。

 集成材は20世紀の初めにスイスで開発され、接着剤の改良とともに欧米で使われるようになりますが、日本で使われ始めたのは1960年代、法令上使用が認められるようになったのは1987年以降のことで、歴史はまだ数十年です。なお、合板も集成材の一種と考えてよいでしょう。

 合板と同じく集成材には、有機溶剤を含んだ接着剤が使われるのが普通で、接着剤の耐久性と対人毒性、廃棄材の処理(燃焼時の発生ガス)などが、検討しなければならない課題として残されています。

 

3)耐火性

 木材は、樹種にもよりますが、250~260℃程度で着火すると言われています。しかし、柱や梁などの断面の大きい木材が着火後完全に燃え尽きるには相当の時間がかかります。

 木材は比重が軽いほど熱伝導率が小さく、片面が熱せられても、反対側へは熱が伝わるまで時間がかかります。国産材で最も比重が小さいのは桐です。箪笥に桐が使われたのは、その湿気を調節する性質(調湿性)とともに、熱が伝わりにくく中まで燃えない性質を知っていたからだと思われます。

 

 また、木は燃えだすと、表面の内側に炭化層ができ、炭化層は熱を伝えにくい性質があるため、上図のように内部への燃焼が進みません。木造建築の火災の焼け跡で、黒焦げの軸組が残っている場合が多いのはそのためです(鉄骨造の火災では形が崩れてしまいます)。 

 最近では、大きな断面の集成材を使う建物などでは、火災のとき直ちに軸組が倒壊しないように、構造上必要な寸法よりも太めにする「燃えしろ設計」が薦められています。

 同じように、以前は防火のためには、軸組を全面防火性能のある材料で被覆する必要がありましたが、現在は柱や梁を表に表わす真壁づくりでも、壁が一定の防火性能があれば、防火性能が保てると考えられるようになっています。 註 現在の建築基準法では、木材の性質・性能を一定の数値で規定しています。そしてまた、一定の数値に規定しやすい集成材も推奨しています。

  しかし、ここで見てきたように、木材は同一の樹種でも、また同寸の材でも、ことごとくその性質を異にし、性質・性能は一定ではありません。それが木材の特徴にほかならないのです。 このような法規の措置は、あくまでも数値処理を容易にするための便宜上の方策であり、実際の状態には即していません。

 木材が均一ではないのは、その母体である樹木が、人間と同じく生物だからです。そして人間社会に於いても、為政者の都合に合うように、人間を鋳型で定型化しようとする策がしばしば採られてきました。木材に、均質・均一を望むことは、無意味、というより、本来あり得ないことを望むのと同じです。

 

 長い歴史をもつ日本の木造建築では、木材の性質を一律のものとしては扱ってはいません。木材をありのままに扱い、むしろ、性質が一律ではないことを利用・活用してきました。

 たとえば、木材は、いかなる乾燥材といえども、かならず捩れたり反ったりするクセがあり、しかもそれは一様ではありません。そのクセを材料ごとに取り除くことは不可能ですが、それを組み合わせることで、互いにクセを相殺(そうさい)しあって、全体としては問題のないようになることに気付いています。

 各種の継手・仕口の考案は、一つには、こういった現象に気付いたことから為されたと考えられます。

 

 竣工後時間の経過した建物を、各部材に解体すると、抑えられていたクセが現れることがよくあります。梁などでは、解体で捻れが表れ、修復時に仕口が合わなくなることもあります。古材を利用する際の留意点の一つです。 

 


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