Quantcast
Channel: 建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える    下山眞司        
Viewing all articles
Browse latest Browse all 514

「日本家屋構造・中巻:製図編」の紹介−2 : 「二 製図の準備」

$
0
0


今回は「二 製図の準備」の章を紹介します(「三 住家を建設せんとするとき要する図面」は、次回にいたします)。
[図版を大きくしました。27日9.30AM]

はじめに、この書が刊行された時代の「製図」「設計図」について、あらかじめ説明しておきます。
おそらく、明治年間から昭和の初期に至る間、「設計図」というのは、世界で唯一のもの、世界に一部しか存在しないものであった、と考えてよいと思います。
この時期には、現在のような複写機はもちろん、青写真の機械も存在しなかったからです。
したがって、描かれた設計図は、世界にたった一部。

それゆえ、職方は、自分の職分に関わる必要事項を、そのただ一部の設計図から自ら読み取り自分用のメモを作成し仕事にあたったと考えてよいでしょう。
大工さんなら「矩計:柱杖(はしらづえ)」や「平面を要約した板図(いたづ)」です。
もちろん、これも手描きです。
   青写真の機械はたぶん1920〜30年代に一般化したのではないかと思います。
   リコピーが代名詞になった湿式複写機が普及し始めたのは、私が学生のころ1960年代です。
   ゼロックスに代表される電子コピーは、1970年代以降でしょう。
   したがって、複写機が一般に普及するまでは、いわば「写本」の時代だったのです。
   私は、この時代の仕事の質の高さは、「手描きの写本:写図」だったからではないか、と考えています。
   「手書きで写す作業」を通じて、携わる仕事の内容の隅々まで精通することになるからです。
     今は何部でもコピー、プリントアウトできます。修正、加筆も容易です。
     それが当たり前の今、ことによると、写本・写図なんて、なんてムダなことをしていたんだ、と思われる方が多いかもしれません。
     しかし、そうではなかったのです(私は、今の方が、折角の頭脳を使わず、その意味でムダが多いのではないか、と思っています)。
     また、設計者は、世界に唯一の設計図作成のために、周到な準備を重ねました。それを示しているのが、アアルトの多数のスケッチなのです。
     

以下は、そういう時代の、たった一部の「設計図」を作成する「製図」である、という視点でお読みください。

   なお、柱杖、尺杖については、「『日本家屋構造』の紹介−6」で触れています。
   また、その際、文化財修復技術者から貴重なコメントをいただいておりますので、下に転載いたします。
      かつて、民家建築の解体をする前に、修復家が大工さんに命じたのは、「すべての矩計と、柱間を尺杖に写せ」ということでした。
      計画と実際の施工とは誤差があるので、誤差を含んだ数値を生け捕りにしておかなければ、組み立てるときに色々と面倒になるからでしょう。
      たとえば、新築なら柱を先に加工してから敷居鴨居の仕口は柱の歪み(かゆみ)をヒカリ付けて加工しますが、
      古建築の場合先に敷居と鴨居の仕口が決まっています。
      厳密に測ると、敷居と鴨居の胴付長さは結構違っているものです。
      柱を垂直に直して建ててしまうと、仕口が合わなくなる箇所が多々出てまいります。

      私は古井家住宅を担当された修復家に尺杖の大切さを教えていただきましたが、
      今、この尺杖をつかって施工するということが全く忘れ去られています。
      プレカット時代には必要なくなったのでしょうか。

     **********************************************************

 
最初に原本を載せます。





以下、現在の文体で読み下します。

二 製図の準備

製図に用いる道具は、なるべく精製品:念入りにつくられた品(粗製品の対):を選ぶ。廉価なものでは精密な図は到底描くことは難しい。
製図道具を購入するにあたっては、次に挙げる品々は特に精選が必要である。

「両脚器(コンパス)」
長さ4寸ぐらいのもので、鉛筆と烏口(からすぐち)を差し替えられるものとする。烏口については後記。

「螺旋両脚器(スプリング コンパス)」
鉛筆と烏口付との二種類が必要で、両脚器(コンパス)の使えない精細な個所を描くときに使用する。
   註 コンパスの脚の開きをネジで調節するコンパスを言う。開きを固定することができる。

「烏口(からす ぐち)」
鉛筆による下描きに墨入れをするときに用いる用具。掃除、研磨に都合がよい蝶番(ちょう つがい)付が望ましい。
   註 烏口を使ったことのある方は、今では少数派だと思いますので、簡単に説明します。
      現在の烏口は、下の写真のように先端に爪状の2枚の刃が固定されており(外側が爪状、内側は平面)、刃の間隔:線の幅はネジで調節できる。
      2枚の刃先を横から見た形状が烏の嘴に似ていることからの命名と思われる。
      刃の間に墨汁あるいはインクを含ませ、写真のように線を引く。使い方についての本書の説明、後記。
     
      
      
      刃の先端は、常に砥石で鋭利に研いでおく(基本的に、外側の爪形の方を研ぐ)。鋭利なほど、線も鋭利になる。
       紙に、刃によって二本の切線が刻まれ、その間に墨(またはインク)が収まるからである。
       上の写真は刃を研がずに描いているので、線が鈍い。

「三角定規」
45度および60度の二種を用意する。市販品は一般に桜製だが、梨製が歪みが少なく最もよい。
エボナイト製(通称ゴム製)は、塵埃が付着し図面を汚すので、好ましくない。
   註 エボナイト:硬質ゴム。電気の絶縁材料、櫛・万年筆などに使われた。黒色。
      私が子どもの頃に使ったのはセルロイド製だった。
      学生時代以降使っているのは、合成樹脂(アクリルなど)製。
        合成樹脂製には、鋳型でつくる、樹脂板を切削加工する、の二種類あるようです。前者が精度がいい。

「丁定規」
丁の形をした定規で、長さは、冒頭に掲げた図のように、画板の長さにほぼ同じとする。材質は三角定規と同じ。

「画板」:製図板
長さ2尺7寸、幅2尺、暑さ8分の檜板で、時日の経過による反りや歪みを避けるために、背面および側面(木口)に欅、樫などの堅木を蟻差しとする。
   註 大きさは一回り大きかったが、学生時代の製図室の製図板がこれであった。板は、数枚の矧ぎ合わせだった。

     冒頭の図の製図板下部の脚状の材が説明文にある「蟻差し」で、通常は、板と同材。これは「吸付桟(すいつきざん)」を兼ねる。
     板の端部も文中の「蟻差し」で、一般には「端食み(はしばみ)(「端嵌め(はしばめ)の訛り)」と呼ぶ。
     「吸付桟」「端食み」は、いずれも、板の反りを防ぐ手法。

「鉛筆」
鉛筆は種類が多いが、製図用としては、H、HH(ニエッチ)、HB印を使う。
H、HHは、墨仕上げをする場合の下描き用に用い、HBは、H、HHよりもやや柔らかく、鉛筆仕上げの際に使う。
H印はその数が多いほど固く、B印はその逆に柔らかさを増す。
鉛筆の先端の削り方は、錐のごとく尖らすよりも鑿の刃のごとく削り、特に細線を要するときは、刃の角(かど)で引く。なお、先が磨滅したときは、一々ナイフを用いず「木賊(とくさ)」あるいは「細末の砂紙(紙やすり)」を木片に貼付けおき、その面上で先を研ぐと便利である。
   註 木賊:とくさ:砥草。
      「鉛筆削り」などない時代である。
      私たちは、反古にしたトレペ:トレーシングペーパーを使っていました。

「雲形定規」
コンパスで描けない弧線:曲線を描くときに用いる道具。その形状、大きさは数種類ある。屈曲の多い品を選ぶとよい。

「製図紙」
用紙は硬質で、ゴム切れ(消しゴムのこと)で擦っても、その痕跡を止めず(消しゴムを使っても、紙が毛羽立たない、という意と解す)、また絵具を用いても汚れないこと(滲んだりしないこと、の意と解す)が求められる。
舶来の紙には製造者の名を記した「すかし」が入っている。
用紙は、その四隅を「留め針」(止め針:画鋲のこと)で製図板に留めるが、精確を期するにはこれだけでは十分ではなく、海綿あるいは清潔な刷毛で紙面を十分に潤した後、四周に糊を塗り製図板に張付け、乾いた後使用すると全面が堅く張って皺などが生じることもなく、極めて使いやすい(いわゆる「水張り」の説明)。
   註 製図用紙は、一般に「ケント紙」と呼ばれる「硬質上質紙」が使われました。
      ケントはイギリスの地名。手漉きの紙の産地。その地域産の硬質紙:製図に適した紙を「ケント紙」と呼んだことから、「製図用紙の代名詞」に。
      製図には「トレーシングペーパー」も使われました。
      複写機にかけるためではなく、字の通り、トレースする(元図の上に敷き元図を写す:トレースする)際に使われました。
      厚手のトレーシングペーパーは彩色もできます。
      トレーシングペーパーには、和紙製もあります(堅牢で折畳みができ、折り目が目立たない)。
         洋紙のトレーシングペーパーは折ると折り目・筋がつきます。

      「水張り」は、少なくとも建築の世界では、現在、まず見られないと思われます。もちろん、CADの世界では無縁のはず。

「墨」
墨は上級の品、硯は緻密な石質のものを選ぶこと。さらに、得られた墨汁は、極めて薄い和紙で漉すのがよい。
一時に多量の墨汁をつくり置いて使うことは、彩色の際に墨の線が滲むことがあるので、するべきではない。
   
「尺度」(「ものさし」のルビが降ってあるので「物指」:スケールの意)
「物指」は、竹製で、「厘」の位まで表示のあるものを用いる。
   註 当時は、いまの「三角スケール」などはなかった。
製図上、寸法を測るには、一々コンパスを用い、「物指」を直接紙面に当てて測ることはしてはならない。
   註 このような場合に使う用具として、別途、コンパスの両脚が針になっている「ディヴァイダー」がある。
       私は滅多に使わなかった。
以上の他に、「羽箒(はね ぼうき)」「ナイフ」「文鎮」なども用意する。

製図に着手するには、描こうとする物体によって異なるが、多くの場合は、先ず、物体の中央線を見出し、大体の外囲(外形の意と解す)を定め、次いで細部へと進む手順を踏む。
定規の使い方は、丁定規の「丁」部を製図板の左側面に当て、左手で随意に上下して水平線を引き、三角定規を丁定規の上端に当て左右に滑らせ垂直線を引く。

図面に墨入れを行うには、製図紙の一端を細く切り、墨を付け烏口(の刃先)に含ませ、定規に沿い烏口を直立にし、両刃先が正しく紙に触れるようにして線を引く。そのとき、烏口を定規に押し付けてはならない。
烏口を引こうとするよりも、むしろ烏口に引かれる、という気持ちが望ましい。
弧線と直線を接合するときは、弧線を先に描き、直線をそれに継ぎ合わせる。
   註 現在は墨入れを行うことは少ない。
      今、若い方がたにとって、製図板、丁定規、三角定規などは、建築士試験の「設計製図受験用」のための道具になっているらしい。    
      これらの用具を常用している人は、今や少数派かもしれません。

      烏口による墨入れ図面は、たとえば四角形の隅部分を直角に書き込むことが比較的容易である。
      烏口で描くと、2本の切線(溝)が隅部で交叉し、そこにできる切線に囲まれた正方形内に墨が埋まるからである。ただし、コツの習得が必要。
      そこで、線を若干線の終点を越えて描き、終点の個所で線が十文字に交叉するようにする方法をとることが多い。
      こうすると、錯覚で隅部が切れのいい直角に見えるようになる。昔の図面にもこれが多い。
      鉛筆で描く場合にも、私は、この方法を採ってきた。終点で鉛筆を止めてしまうと、角が丸く見え、鈍い図になる。
      ロットリングで代表される「製図用ペン」で描くときも同じである。
        CADの図面が「キレが悪く、甘く、メリハリがない」理由の一つは、線が終点で止まり、角が「丸面取り」状になるからである。[文言更改]  

「着色」
墨入れの終わった図面には、使う材料を一目瞭然で分るように、材料別に着彩する。その際、同一の材料でも、切断図(断面)と姿図では、色彩を異にする。一般に使われる色彩は、次に掲げるとおりである。着彩は水彩で、色名は洋名で記す。いずれも文房具店で市販されている。
   洋名のあとに、和名を記します。それぞれの色合いは、水彩絵具のカラーチャートでお確かめください。
〇木材 姿 図:ガンボージ gamboge 藤黄(とうおう)、雌黄(しおう)日本画で使う黄色の一。
     切断図:ガンボージにクリムソンレーキ crimson lake 深紅色を少々加える。
〇石  姿 図:インヂゴ indigo 藍色
     切断図:同上の濃いもの。
〇煉瓦 姿 図:ベネシャン レッド venetian red 赤錆色またはイエロー オーカー yellow ochre 黄土色( ochre :黄土)。
     切断図:クリムソン レーキ crimson lake 深紅色
〇漆喰 姿 図:薄いプルシアン ブルーprussian blue 紺青(こんじょう)に黒色を少々加える。
    切断図:ニュートラル チントneutral tint やや赤みを帯びた濃灰色。
〇瓦     :ニュートラル チントに墨を加える、または ベネシャンレッドにイエロー黄色を加える。
〇石盤    :インヂゴとイエロー、またはインヂゴにクリムソンレーキ
〇硝子    :コバルト cobalt 空色、淡い群青(ぐんじょう)色。
〇鋳鉄    :クリムソンレーキにプルシアン ブルーを混ぜる。
〇コンクリート:ニュートラル チント

図面に着彩を望まない場合は、次図に示す表記法を用いる。

   註 私の時代には、着彩をすることはあっても、このような材料別着彩の「習慣」は、すでになかった。
     下に、当時の着彩図面の一例を載せます。
     「大阪府庁舎 明治7年竣工 煉瓦造 設計者不詳」(柏書房「図面で見る都市建築の明治」1990年刊より)
    
       折り目から察して、用紙はケント紙ではなく、厚手のトレーシングペーパーではないか。この図が、上記の材料別着彩であるかどうかは不明。
          アアルトの図面保存では、博物館・美術館のカタログ同様、用紙の大きさ、描法に至るまで記録されている。この書には記載がないので不明。
       
       この建物は、昭和20年(1945年)の空襲で焼失、現存しない。

寸法書入れ
職方は、設計図の寸法によって工作をするゆえ、寸法の書入れは、最も重要である。寸法の記入がないときは、一々図面に物指をあて寸法を測ることになり、時間の浪費となり、測る個所が多く、細密な場合には、往々寸法を誤ることがある。
寸法の書入れ法は、表すべき長さの両端の線を赤線にて補足引出し、←―・・・・・・・・―→のように線を記し、その間に数字を記入する。数字は、和数字の場合は上から下に、ローマ数字の場合は左より右へ、あるいは下より上に記入する。文字は青色を用いることもあるが、後日水などで滲むことがあるので墨を用いるのが好ましい。

製図に用いる「尺度」は、必要に応じ「現寸図」(実物大の図)を引くこともあるが、多くの場合は「縮尺」を用いる。
「縮尺」とは、現寸を一定の比に短縮したもので、現寸1間を十分の一に縮尺して6寸とする、百分の一にして6分をもって表す、が如きを言う。
建築の設計図に用いる縮尺は、通常、百分の一、五十分の一、二十分の一、十分の一である。

                                    〈「二 製図の準備」の章、終り〉

     **********************************************************

この章に書かれている「製図」法は、私が学生のとき、「図学」で教わったことと、ほぼ8割ほどは同じである。大きく異なるのは、「着彩」だろう。材料別着彩などは奨められてはいなかった。
また、当時すでに「三角スケール」は普及しており、寸法取りはディヴァイダーを使うことはなかった。なお、学生時代の終り頃から、勾配付三角定規が学生でも使える価格になって、便利になったのを覚えている(45度、60度二種類の三角定規は不要になる)。

ところで、今、建築系の学校で、「製図」はどのように扱われているのだろうか。
私は、おそらく理解していただけないとは思うが、CAD を使うにしても、手で描く「製図の体験」が必要、必須である、と考えている。[文言補訂]
折しも、トヨタ自動車では、生産工程に「手作業」を復活させている、というニュースが伝えられていた。
ロボットに委ねられていた工程のなかに、昔ながらに「手作業」で行う場をつくることにしたのだという。
理由は、「ロボット・機械任せだけだと、(若い世代が)『ものづくりの原理・原則を忘れてしまう危惧を感じた』からだ」とのこと。
  「手描き」「手作業」の必要性・重要性について、以前に、下記で私の考えを書きました。
  「『最大の禍』・・・・設計ソフトに依存することの『禍』

次回は、「三 住家を建設せんとするとき要する図面」の章を紹介します。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 514

Trending Articles