「二十九 普通住家建築仕様書の一例(一式請負の時)」の項の原文を編集、A4判6ページ(右上に便宜上ページ番号を付してあります)にまとめましたが、今回からは、先回の「建築概要」に続く仕様の具体的内容部分(2〜6ページ)の紹介になります。
原文を、編集したページごとに転載し、現代語で読み下し、随時註記を付す形にします。
なお、現代語で読み下すにあたり、工事順、部位別に、大まかに「分類見出し」を付けることにしました。
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はじめに2ページ目の原文
以下、現代語で読み下し。
地形(地業)、基礎工事
敷地の高下を均し、水盛り・遣り方を設ける。
建物の側まわりの布石
大小便所まわりを含め、深さ8寸幅1尺5寸の布掘に根伐し、割栗石を厚さ6寸以上敷きタコ付きする。
布石は、房州(安房国)産の本元名石(ほん もとな いし)の尺三角を、見えがかり、合口は小叩き仕上げ、上端に水垂れ勾配を付け、入念に据え付ける。
註 房州元名本山:房州産の本元名石の意と会します。
元名石:安房郡元名村より算出する凝灰砂岩石なり。(「日本建築辞彙 新訂版」)
尺三角:石材の規格寸法と解します。並尺三:8寸5分×7寸5分×2尺7寸
「日本建築辞彙 新訂版」では、尺三角とは「豆州、駿州などより出る青石にして、並尺三は8寸5分に7寸5分・・・」とありますが、
ここでは、文意から見て「規格寸法」の意と解しました。
間内柱および床束の礎石
柱の礎石:上端幅1尺5寸、深さ1尺の壷堀とし、割栗石を厚さ8寸敷きタコ突き、径1尺2寸以上の玉石を地面より3寸上りに据え付ける。
床束の束石:あらかじめ小タコ突きして固めた地面に、径8寸以上の玉石を据え、改めて(石の上を)タコ突きして固定する。
大小便所の便槽:内外とも釉薬をかけた本四荷入り*の瓶(甕:かめ))を埋め込み、まわりを三寸以上の厚さのたたきとし、上面を厚2分ほどのセメント塗り。
註 下須瓶(げす がめ):汲取り便所の便槽。下須は下種の転訛か?
本四荷入り:瓶(甕)の容量で、「正四荷入り」の意と解します。
「漆喰」の調合に際していただいたコメントで、1荷=1/100立坪=0.01×1.8³㎥≒0.058㎥≒60? とご教示いただきました。
したがって、四荷≒0.23㎥≒200〜240?ぐらいか。
三州叩き:風化花崗岩を主とする土に石灰および苦塩を混ぜて叩き締める仕上げを叩き:たたきと呼ぶ。三河(三州)産の土が良品とされた。
ゆえに三州叩きは叩きの代名詞になった。土間の床などに用いる。(「日本建築辞彙 新訂版」ほかによる)
セメント塗り:セメントモルタルの意か、あるいはセメントだけか不詳(セメントだけの場合もあったようです)。
木工事
土台:ヒノキ5寸角削り仕上げ。継手は金輪継、柱枘の穴を彫る。隅の仕口は襟輪目違い立て 小根枘差し。
玄関及び台所の入口の個所では、引戸用に溝突き鉋で敷居溝を彫る。
玉石に当る部分は、3〜4分刳り付け(いわゆるひかりつけ)、下端はコールタールを塗り、楔を飼うなどして、土台を玉石に馴染むように据え付ける。
註 楔をどこに飼うのか?実際は、ひかりつけを慎重に行い玉石に馴染ませるのではないでしょうか。
土台隅の仕口襟輪目違い立て 小根枘差しは、下図の?図に相当するものと思われます。
下図は、土台の隅部分の代表的な納めかた(茨城県建築士事務所協会「建築設計講座」テキストから)
?は、農家住宅などで普通に用いられている。確実な方法。
?は、隅を角に納めるための基本的な方法。
?は、基本は?だが、見えがかりを重視し、見える面だけ留めで納める方法。
??は、簡便、安易な納め。
襟輪(えりわ)とは、上図の目違いと記した部分のように僅かに突出した部分の呼称。ゆえに、襟輪目違いは重複表記では?
なお、「補足『日本家屋構造』の紹介−1」で、継手・仕口についての概略と土台まわりについて、この図も含め、説明していますので参照ください。
柱:主屋 杉 仕上り3寸8分角
縁側 杉 仕上り3寸6分角
便所 杉 仕上り3寸4分角
釣束 杉 仕上り3寸4分角
いずれも、上下に枘を設け、貫穴および庇の腕木孔、間渡竹の穴を彫り、鉋にて上々に仕上げる。
釣束は、上は(梁・桁に)寄せ蟻で、下は鴨居に篠差蟻(しのさし あり)で取付ける。貫孔も彫っておく。
註 寄せ蟻、篠差蟻は、「『日本家屋構造』の紹介−15」を参照ください。
柱には貫を(土台〜梁・桁間に)5通り設ける。貫の継手は略鎌継(りゃく かまつぎ)とし、隅柱へは小根枘差し楔締めで取付ける。
註 原文の鎌継は、貫の継手として多用される通称略鎌継を指すものと解します。
略鎌継は、「日本の建物づくりを支えてきた技術−19の補足:通称『略鎌』」および「日本の建物づくりを支えてきた技術−19」を参照ください。
軒桁:杉5寸角、持出し部分は松丈8寸以上×幅5寸。
見付(みつけorみつき:正面のこと)、下端、上端とも鉋仕上げ。継手は追掛大栓継。
上端に垂木を掛ける口脇、下端に柱の枘穴、梁との仕口を彫る。
隅の交叉部には、火打貫を通す。
註 火打貫:入隅に於て、二つの桁などを固むるため、斜めに差し通したる貫をいう。(下図とも「日本建築辞彙 新訂版」による)
下図のように、先細りの材を互い違いに打込むとのこと。天井内に隠れるので、目には触れない。
私は実際に見たことがありません。現在の火打梁の前身と思われますが、火打梁よりも効果的でしょう。
少なくとも近世までの遺構には見かけないようですので、見えがかり優先の脆弱な架構が増えてからの発案ではないかと思います。
縁桁:杉磨き丸太末口5寸5分以上、柱の枘穴その他を軒桁同様に仕上げ、下端に欄間障子用の溝を彫る。
便所桁:杉大4寸角(4寸5分角のこと)、他軒桁同様に仕上げる。
小屋梁:長さ2間 松丸太末口6寸5分 太鼓落し
長さ2間半 松丸太末口7寸 太鼓落し
下端は桁当り及び上端は垂木下端で殺ぎ落とす。上端には(所定位置)に小屋束の枘穴を彫る。
註 下端の桁当りとは、敷梁、中引梁と交差する個所の意と解します。
原文には、垂木上端にて殺ぎ落し・・・とありますが、垂木の下端にて、と解します。
小屋梁の継手は台持継(太枘:だぼ:2箇所)。
軒桁との仕口は渡腮(わたり あご)(内側に蟻を設ける)とする。
飛梁:松丸太末口4寸5分〜5寸、鹿子削り(かのこけずり 釿:ちょうな:で斫ること)で調整、仕口は同前。
註 このあたりについては、「『日本家屋構造』の紹介−12」を参照ください。
棟木、母屋、隅木、束:杉4寸角を鹿子削り(かのこけずり 釿:ちょうな:で斫ること)。上端口脇は削り仕上げ。
継手は鎌継。柱の枘穴を彫る。
小屋束は、貫(背なしの杉中貫材:仕上り幅3寸2〜3分厚6〜6.5分)で縫う(楔締めのこと)。
杉中貫:市場品の規格 長さ2間、墨掛寸法(曳き割寸法)で幅3寸5分×厚8分 の材をいう。
背なし :丸身なし。
垂木:松 丸身なし2寸角を使用。面戸欠きを刻み、軒先部分は鉋削り仕上げ。1尺5寸間。
広小舞、鼻隠し:杉二番大貫(背なし)削り仕上げ。
二番大貫:墨掛(曳割)長さ2間 幅4寸×厚1寸の材(実寸幅3寸9分×厚8〜9分)。
二番・・・・は規格の呼称。一番は赤身無節、二番は白太混じり・丸身なし。三番は下等品。(「日本建築辞彙 新訂版」による)
面戸板:杉六分板を曳割り、削り仕上げ。
六分板:墨掛(曳割)6分厚 幅1尺以内の板材の呼称。実寸厚4.5分程度。材種は松、杉、樅など。(「日本建築辞彙 新訂版」による)
軒先裏板及び台所上裏板:材料 松六分板 上小節。傍(そば:次材との接続面のこと)は辷り刃(すべり は)を設けて張り上げる。
辷り刃:材の接する面を斜めに刃のように削ること。刃の部分を重ねて張る。刃重ね。(「日本建築辞彙 新訂版」による)
野地(板):三寸貫を小間返しに張る。
三寸貫 :墨掛(曳割)長さ2間 幅3寸×厚7分(実寸幅1寸6分〜2寸2分×厚3.5〜5分)の杉材。
小間返しに打つ:幅と明きを同じにすることをいう。この場合は、板を材の幅と同じ隙間(明き)をとりながら張ること。
引戸上枠・下枠 :大貫を削り拵え組立て取付ける。
このように解しましたが、枠材の寸法が不詳ゆえ、大貫材で材寸が間に合うか不明です。
引戸上小屋根:あらかじめ拵え取付けておく。
註 この二項は、いずれも、建て方時に組み立てることを指示しているものと理解します。
土居葺:杮板(こけら いた)葺き足1寸5分、軒先は二枚重ねとする。釘は入念に打つ。
「棟折(むな おり)長板杉皮入折掛け押縁三寸貫打付け」:
「杉皮を折り掛け、三寸貫の押縁で押さえる」と解しましたが、詳しくご存知の方ご教示ください!
瓦桟:杉並小割(仕上り長さ2間 幅1寸×厚9分程)。
小割 :木材の規格。大小割 :墨掛(曳割) 1寸5分×1寸2分の矩形断面の杉材。
並小割 :杉の4寸角12割(≒1寸3分×1寸)、または5寸角20割(1寸2分5厘×1寸)の杉材。
一段目・軒先瓦の瓦桟の位置は、軒先より、もう少し上になるので、「軒先より8分入りに打付け・・・」の意が不明です。どなたかご教示を。
軒唐草止木、葺き土止め:上三寸貫を打付ける。
上三寸貫とは、三寸貫の上等品、赤身で丸身なし を指すと解します。
「木工事」の途中ですが、今回はこれまでにします。
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このように、仕様について、きわめて詳細に述べられています。
おそらく、図面に記載がなくても、職方には、この仕様書があれば、意図が十分に伝わったものと考えられます。
これは、建築関係者の技術的基盤が、今に比べ高かったからではないか、と私には思えます。
まだA4で5ページ分残っています。
用語を確認するのに、思いのほか時間がかかりますので、次回まで少し間が明くかもしれません。ご容赦を!